アメリカでは新型コロナワクチンの接種が始まりましたが、3割のアメリカ人は接種に消極的または接種を拒否していることが分かっています。その理由はワクチンへの不信から政治的な理由までさまざまですが、特に黒人の間で不信の原因になっているアメリカ医療の暗い歴史にスポットが当たっています。
アフリカンアメリカンは、白人に比べ新型コロナウイルスで死亡する確率が4割近く高くなっています。にもかかわらず彼らが接種を嫌がる背景には、厳しい差別の中で起こった「医療実験」の過去があるのです。
「タスキギー梅毒実験」はアラバマ州の貧しい黒人男性600人を対象に、梅毒を治療しなかった場合の症状の進行を長期間観察することを目的に1932年に始まりました。しかし被験者の3割が当初は梅毒に感染しておらず、実験の間も感染を知らされず、「貧血や倦怠感などの症状に対し、連邦政府による医療が無償で受けられる」とだけ説明されていました。
さらに抗生物質で治療できることが分かってからも、一人もその治療を受けていないなど、倫理的に深刻な問題を抱えながらも、実に40年間にわたって続けられました。1972年、内部告発によってようやく終止符が打たれ、97年、クリントン大統領が正式に謝罪を行いましたが、黒人コミュニティーの間ではトラウマと医療に対する強い不信が残りました。
こうした歴史に加え、今回のワクチン治験で黒人の治験者が人口比に対して極端に少ないことも不信の原因として指摘されています。
2020年はコロナ禍の中でブラック・ライブズ・マター運動が起こり、黒人に対する差別の歴史が次々に白日の下にさらされました。これはトランプ政権の下で明るみに出たアメリカの分断が、ずっと前から存在していたことを示すものでもあります。
こうした差別や分断を超えてワクチン接種が行われなければ、全体の命を救えません。21年に新たな政権を取るバイデン氏の下で、こうした不信が解決できるかに人類の未来がかかっていると言っても大袈裟ではないのです。
ニューヨークからお届けします。