上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

新型コロナと闘ういまの日本には「柱」が見当たらない

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 マンガ、アニメ、映画で大ヒットしている「鬼滅の刃」には、新型コロナウイルスに打ち勝つために学ぶべき点が描かれている。前回、そんなお話をしました。

 物語の中で、主人公の竈門炭治郎は、鬼の始祖・鬼舞辻無惨を打ち倒すため「鬼殺隊」と呼ばれる人間を鬼から守るためにつくられた組織に加入します。その鬼殺隊には、「柱」と呼ばれる9人の幹部がいます。組織の中でも最上位の階級に位置する剣士たちで、それぞれが圧倒的な実力を誇っています。そんな柱のひとりが強敵の鬼と対峙した際に口にした印象的なセリフがあります。

「俺は俺の責務を全うする! ここにいる者は誰も死なせない!」

“リーダー”としての強い覚悟と責任を感じさせます。

 新型コロナウイルスと闘ういまの日本には、こうした信念を持った「柱」が残念ながら見当たりません。昨年7月、政府は新型コロナ対策分科会を立ち上げ、会長の尾身茂氏が旗振り役を務めていますが、広く国民に信頼されているかというと、そうとは言えない印象です。尾身会長以外の“顔”がなかなか見えてこないうえ、どうしても政府の意向を強く感じさせるからでしょう。

 臨床に携わっている立場からすると、米国のCDC(疾病対策センター)のような組織が日本にも必要だと考えます。CDCは米国の連邦機関ですが、政府と独立して機能する専門家集団です。疾病の予防と管理、環境衛生に関する活動など、健康に関する信頼できる情報の提供と強力なパートナーシップを通じた健康の増進を目的として、主導的な役割を果たしています。日本にも、国立感染症研究所という国の機関があります。しかし、予算も含めた規模が小さすぎるうえ、人材も不足しています。CDCのような強い独自性はなく、指示を受けて動くことがほとんどです。今回のような未知のウイルス感染症への対応を想定した設置目的ではなかったため、自主的に機能をリセットさせて感染対策を講じたり、その先にある収束を築くことができないといえます。

 今回、緊急に設置された新型コロナ対策分科会もそうですが、これでは、強い覚悟と責任感を持った「柱」は出てこないでしょう。未知のウイルスに対応するためには、やはり、CDCのような機関が必要です。

 同時に、国の原子力政策を推進する「原子力委員会」と、安全確保のために規制・監視に関わる「原子力規制委員会」のように、いまの新型コロナ対策分科会や将来的な日本版CDCに対して拮抗する専門家組織の設置も望まれます。人員には十分な待遇を充て、今回で言えば新型コロナだけに集中して、それぞれがしっかり対策を講じる役割を与えるのです。こうした体制が整備され、覚悟と責任感を持った「柱」が生まれれば、国民も信頼して対策に取り組めるようになるでしょう。

■1次予防の重要さをより浸透させる

 もっとも、「柱」が見当たらない現時点でも、未来を見据えた対策が必要です。新型コロナ禍を糧にして、災いを乗り越えた“光明”に変えていかなければなりません。政府や新型コロナ対策分科会は、「どのようなことをすればウイルス感染を防げるのか」について、世界各国のデータや報告を分析し、あらためて標準的なウイルス感染予防対策を明確に示す必要があります。

 その感染予防対策が一般の人に受け入れられるレベルであれば、それが今後の公衆衛生におけるスタンダードになっていきます。そうなると、医療の中における「予防」のプレゼンスが高まり、近年問題になっている莫大な医療費の削減にもつながります。

 新型コロナウイルスの感染予防対策として、手洗い、マスク着用、3密回避などがある程度浸透したことでインフルエンザのような飛沫感染による呼吸器系の感染症、ノロウイルスのような接触による消化器系のウイルス感染症がすでに大幅に減っています。結果的に、これらのウイルス感染症で亡くなる人や病院で治療を受ける人が激減しているのです。

 これまで、政府は1次予防の重要さを国民に周知させようとしてきました。たとえば、メタボ健診で高血圧や糖尿病といった生活習慣病の患者を減らし、医療費を抑えようとしていました。しかし、多くの人はそれほど1次予防の大切さを実感することはなく、「病気を見つけてから治療を受ける」という医療の流れが大きく変わることはありませんでした。

 それが今回の新型コロナ禍では、ほとんどの人が「1次予防がいかに重要か」という実感を抱いていると感じます。そうした意識が浸透すれば、予防という医療に対して国がさらに経済的な補填をするという流れになり、日本の医療制度が大きく変わるかもしれません。

 今回の緊急事態宣言をただ「自宅でおとなしくしているように」というメッセージにするのではなく、あらためて標準的な感染予防対策を周知徹底して、医療の将来に対する光明を見いだす契機にするべきです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

関連記事