Dr.中川 がんサバイバーの知恵

元宝塚女優が急逝…甲状腺未分化がんを「最凶」と恐れる理由

68歳で亡くなった峰さを理さん(中央)/
68歳で亡くなった峰さを理さん(中央)/(C)ゲッティ/共同通信イメージズ

 残念なニュースが報じられました。元宝塚の女優で日本舞踊家の峰さを理さんが先月30日、甲状腺未分化がんで亡くなったそうです。

 何が残念かというと、昨年1月に肩の違和感を覚えたものの、コロナ禍で受診を控えたため、7月に甲状腺未分化がんと診断されたこと。このがんは、とても進行が速く、診断の遅れが悲劇を早めた可能性が考えられるのです。

 のどぼとけの下にある甲状腺は4、5センチほどと小さいながらも、ホルモンを分泌。子供のころは成長にかかわり、成人すると代謝を調節する、とても重要な働きをになっています。

 そこに発生したがんが甲状腺がんで、そのうち9割は乳頭がんとよばれるタイプで、ほとんどは悪性度が低い。男性の前立腺がんと同様に治療せず、経過を観察する監視療法があるのは、そのためです。低リスクの乳頭がんなら、10年生存率は99%以上とまず悪さをしません。

 対照的なのが、未分化がんです。乳頭がんをはじめもともとあった甲状腺の分化がんが、長い時間をかけて未分化がんに転化するといわれています。60歳以上に多く、突然、首が腫れて、急速に大きくなってきたことを心配して受診されることが珍しくありません。

 峰さんは、昨年1月に肩の違和感を心配されています。タラレバになってしまいますが、その時点なら未分化がんになる前の分化がんだったかもしれません。そのタイミングで治療ができていれば、治った可能性があったと思われます。

 未分化がんになってしまうと、進行が速く、手術と放射線、抗がん剤を組み合わせて治療しますが、放射線と抗がん剤は効かず、延命できるケースは多くはありません。峰さんも昨年7月の診断から5カ月、昨年末には余命3カ月と告げられたといいます。

 昨年のがん罹患数は101万人と予測され、甲状腺がんは1万8000人ほど。未分化がんは、甲状腺がん全体の1%ほどですから、きわめてまれながんでも、その悪性度は高い。

 日本では「甲状腺未分化癌研究コンソーシアム」をつくり、分析していますが、生存例はわずか。診断から1年以上の生存は、レアケースなのが現実。がん専門医の私も、「最強・最凶のがん」としてすい臓がん以上に恐れています。

 つらいがんだけに、痛みのケアはもちろん、精神的なケアのため早期から緩和ケアを受けることが不可欠。米甲状腺学会のガイドラインでも推奨されています。

 首の腫れや痛み、声のかすれ、食事ののみ込みにくさなどを感じたら、ためらうことなく内分泌内科を受診し、触診やエコー検査を受けることが大切。さらにしこりの一部を採取して生検も重要です。受診はためらわずに。それが、今回の教訓といえるでしょう。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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