AIとビッグデータは「目」の診断治療をどう変えるのか?

写真はイメージ
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 中世ヨーロッパではペストと新技術が人間賛歌のルネサンスを招いたとの見方がある。数千万人が死亡したことによる死生観の変化、活版印刷や紙の大量生産などの新技術により一部の権力者だけの文化を庶民も楽しめるようになったからだ。

 同じように新型コロナ後は世界が様変わりするだろうといわれている。その原動力となる新技術がビッグデータ、人工知能(AI)、仮想空間だ。既に新技術は医療現場に導入されつつあるが、注目は目の診断と治療への影響だ。日本眼科医会学術委員で「清澤眼科医院」(東京・南砂)の清澤源弘院長に聞いた。

「AIが医療を変えるということは以前から言われてきたことですが、眼科医がことさら関心を寄せるのは眼科が他の診療科に比べて大量のデジタル画像を使っていて、ビッグデータやAIといった新技術との親和性が高いからです。そのため、眼科が最初にAIの洗礼を受けるといわれているのです」

 既に日本の厚生労働省にあたる、米国食品医薬品局(FDA)が2018年に世界初のAI搭載眼底写真撮影機を診断機器として承認している。

「IDx―DRは眼底画像から糖尿病網膜症を即座に検出する医療機器です。それまでも医療用AIは医師支援ツールとして実用化されてきましたが、あくまでもAIが提供する医療情報を参考にしながら最終決定は医師が行うものでした。ところが、IDx―DRは眼底写真用の特殊なカメラで撮影された患者さんの眼底写真を自動解析して糖尿病網膜症の有無や進行期を診断するのです」

 ただし、IDx―DRの正解率は90%そこそこで決して優秀とはいえなかった。にもかかわらずFDAが医療機器として認めたのは、米国では糖尿病患者が多い割に眼科医の数が少ないからだ。そのため米国では患者自身も気づかないうちに糖尿病網膜症になる人が多いという事情がある。

「そのため、この医療機器は内科や健診クリニック向けに販売され、糖尿病網膜症の患者さんをいち早く発見するための1次スクリーニング用の医療機器として期待されたのです」

 2020年8月にFDAから認可を得た2機種目となるEyeArtは眼底カメラ撮影の特別な練習を受けたことのない検査員が撮影した眼底映像の97%を読影でき、判定の正解率は96%だという。本格的なAIドクターの誕生だ。

「これが普及すれば糖尿病網膜症の患者数が減少するかもしれません。そもそも糖尿病網膜症とは、糖尿病によって網膜の血管が傷つき視力低下などを起こす病気です。日本では中途失明原因の第2位といわれています。糖尿病を患っている期間が長いほど発症頻度が高く、糖尿病になって10年たった人の50~60%はこの病気にかかっているといわれています」

 日本では医療機器が診断・判断を下すことができない決まりになっているため、IDx―DRやEyeArtが導入されたとしても最終的に医師の判断が求められることになる。眼科での診療では糖尿病網膜症だけの診断では不十分だからだ。

■失明する人を減らせる

 むろん、AIやビッグデータの応用は糖尿病網膜症の診断に限らない。緑内障でも既に臨床応用されている。そのひとつが、緑内障の視野予測だ。

「緑内障は視野の中に見えない部分ができて、それが徐々に広がっていく病気です。日本人では60歳以上で10%程度いるといわれています。日本人の中途失明第1位の原因ですが、視野の欠損は自覚しにくく、欠損していても脳が自動的に補正してしまうことがあり、発見するのが遅くなる場合も少なくありません」

 緑内障の治療には進行の速さを評価し、それに応じて治療する必要がある。だが、視野検査回数が少ないと正確な評価ができない。

「そこで緑内障視野障害の空間や時系列パターンを学習させた視野モデルを作り、検査中の患者さんの応答に合わせてそれを更新することで、視野検査の回数を減らし、精度の高い視野予測ができるようになったのです」

 AIは白内障手術で使われる眼内レンズの度数計算にも使われている。

「今後は手術後の眼圧を予測するAIなども出てくる可能性があります。また、研究レベルではビッグデータとAIを使った研究は進んでいます。例えば、2018年2月にグーグルから報告された論文ではAIに2・8万人の眼底写真を学習させたところ、年齢、性別、血圧、5年以内の心血管イベント(脳卒中、心筋梗塞など)をかなり正確に言い当てたことなどが示されました。AIが眼底写真から糖尿病網膜症を眼科専門医と同等の精度で診断できたとの論文も発表されています」

 ビッグデータとAIは、将来、失明者を減らし、より明るい未来をもたらすかもしれない。

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