解熱鎮痛薬として長年使われているアスピリンと大腸がんに関する新たな研究発表が、世界的に権威のある医学雑誌「ランセット」の姉妹誌に先日掲載された。研究を行った京都府立医科大学大学院医学研究科教授の武藤倫弘医師に聞いた。
武藤医師らのグループが今回行った研究は、家族性大腸腺腫症(FAP)患者へのアスピリンの効果を見るもの。世界最大規模の試験になる。
「FAPは日本に患者が7300人いる病気で、がんの抑制遺伝子APC遺伝子の異常で起こります。大腸に100個以上のポリープが若いうちからでき、高い確率で大腸がんを発症します」
ポリープがぱらぱらとできるタイプであっても、60歳までに大腸がんを発生する確率はほぼ100%。そのためFAP患者は20歳ごろに予防治療として大腸を全摘するのだが、生活の質の低下などから、手術を希望しない患者も増えていた。
FAP患者の大腸を温存できる方法はないのか? 考えついたのが、アスピリンの服用だ。
■大腸ポリープの発症を抑えがんに移行させない
実はアスピリンが、大腸がんの前がん病変である大腸ポリープの発生を抑制することは複数の研究で証明されている。欧米では3~4年飲めばポリープの発生リスクを20%減らせるというコンセンサスができており、2016年には米国予防医学専門委員会が大腸がん予防のために低用量アスピリンを毎日服用することを50~60代に推奨。
日本でも武藤医師らが日本人対象の研究を行っており、大腸ポリープを内視鏡で摘除した患者311人に低用量アスピリン1日100ミリグラムを2年間服用してもらったところ、ポリープの発生を40%減少できたことを14年に発表している。
この時の対象患者はFAPではなかったのだが、武藤医師らは「複数個の大腸ポリープができる人に低用量アスピリンが有効なら、FAPにも効果があるのでは」と当時から考えていた。
「大腸がんの発がん経路は3つあり、最も多くを占めるのがポリープを母地として発がんする経路です。これはFAPによる大腸がんであっても、一般の大腸がんであっても共通しています」
「ポリープを母地として発がんする経路」とは、がん抑制遺伝子であるAPC遺伝子の変異で正常粘膜にポリープができ、次にがん遺伝子が活性化してポリープが大きくなり、さらに炎症が別の遺伝子変異を招き、やがてポリープが、がん化するというもの。
前述の通り、FAP患者はAPC遺伝子の異常でポリープが100個以上できるわけだが、数を別にすれば、一般の大腸がんでも「APC遺伝子が正常に働かないため大腸ポリープができ、炎症が次の過程を招いてがん化」という点は同じ。
「アスピリンには抗炎症、抗酸化、APC遺伝子変異によるシグナル異常改善効果があり、大腸ポリープの生成を抑制することは、世界の大きな4つの研究でも、私たちの14年の研究でも実証されています。そこで大腸を温存しているFAP患者の5ミリ以上のポリープを可能な限り摘除し、低用量アスピリン1日100ミリグラムと、アスピリンとは違う作用機序で大腸の炎症を抑える薬メサラジン1日2グラムを服用してもらい追跡調査しました」
結果、8カ月間で大腸ポリープの増大リスクが約6割低下。アスピリンとメサラジンの相乗効果については有意差が出なかった。重篤な副作用はなかった。
今回の研究は対象者が102人だったが、アスピリンを日本初のがん予防薬として承認されるために、人数を増やし今後も研究が行われる。予防薬として承認されれば、一般的な大腸がんにおいても、予防薬として応用展開されていく可能性がある。