上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

“おまけ”だった右心室が突然死に関係しているとわかってきた

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 近年、心臓突然死を招く原因として「右心室」が注目されています。

 心臓は「右心房」「左心房」「右心室」「左心室」という4つの部屋に分かれています。それぞれの部屋は壁で仕切られ、右心房と右心室、左心房と左心室は「弁」でつながっていて、血液が逆流しないようになっています。全身から大静脈を通って戻ってきた血液は右心房に入り、三尖弁でつながった右心室に流れ込んでから、肺動脈を通して肺に送り出されます。肺でガス交換をして酸素を受け取った血液は、その後に肺静脈を通って左心房に入り、僧帽弁でつながっている左心室に流れ込み、大動脈から全身に送り出されるというのが血液循環の仕組みです。

 これまで、心臓疾患では左心室のトラブルが重要視されていました。左心室はきれいになった血液を全身に送り出すポンプ機能の中心的な役割を担っているからです。血液を押し出すためには大きな力が必要で、一般的にはおよそ100㎜Hg、高血圧の人であれば200㎜Hgほどの圧力が常にかかっています。そのため、左心室は構造的なトラブルを起こしやすく、問題が起こると心臓のポンプ機能の低下につながります。

 一方、右心室は肺に血液を送るだけなので、それほど大きな圧力は必要ありません。せいぜい20~30㎜Hgくらいあれば十分なので、左心室と比べると負担が少ないといえます。そのため、心臓のポンプ機能の中では“おまけ”のように考えられ、右心室のトラブルはそれほど重く見られていなかったのです。

 しかし、近年になって「右心室の機能が低下していると突然死が増える」という報告もあり、研究が進んでいます。

■加齢によって重荷になる

 もっとも、小児の心臓疾患、生まれながらの先天性心疾患の領域では、かねて右心室のトラブルは治療すべきとされていました。たとえば、若年者の突然死の原因となる不整脈源性右室心筋症(ARVC)という病気があります。右心室から病変が起こるケースが多く見られ、心筋が脂肪組織に置き換わってしまうことで心機能が低下し、致死性不整脈や心不全を引き起こす病気です。このARVCでは、以前から右心室の病変に対するカテーテルアブレーションや手術による治療の対象になっていました。

 また、生まれつき肺動脈と大動脈の2つの大きな血管を分ける仕切りの壁が体の前方にずれていることで起こるファロー四徴症という先天性心疾患では、右心室が肥大して機能が低下する特徴があり、心室中隔欠損を閉鎖する手術と右心室への流出路を再建する手術が行われます。

 こうした右心室のトラブルが、成人でも突然死と深い関係があることが分かってきたのです。MRIなどの画像診断が進化したことで、右心室に電気信号の少ない心筋が見えるようになったり、高齢化が進み年齢を重ねることで増える心臓疾患の原因が右心室で見つかるケースが増えたのだろうと考えられます。

 年を重ねると、右心房と右心室をつないでいる三尖弁が経年劣化して、どうしても閉鎖不全が起こってきます。また、心房細動があれば、それだけで三尖弁の閉鎖不全が表れます。そうした加齢による心臓トラブルが原因で右心室にさまざまな異常が起こっているのではないかと推察され、突然死との関係が明らかになってきているのです。

 さらに、心臓に酸素を含んだ血液を供給している冠動脈の問題が右心室の異常と突然死に関わっているケースもあります。冠動脈は大きく3本あり、大動脈の根元から出て心臓を覆っています。ただ、この3本の太さが均等ではなく、右冠動脈が細い人がいます。そういう人は右心室側の血流が悪いため、それを補う形で左冠動脈から側副血行路が形成されて血流を維持しているケースがあり、加齢による動脈硬化などで左冠動脈が狭窄したり詰まってしまうと、心臓は慢性虚血の状態になります。それが、致死性不整脈や突然死の原因になる場合もあるのです。

 これまで“おまけ”と考えられてきた右心室が加齢とともにだんだんと重荷になってきて、突然死につながってしまう可能性がある。今後、さらなる研究が待たれます。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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