がんと向き合い生きていく

医療連携手帳の活用でがんも他の病気もスムーズに治療できる

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 主婦のKさん(68歳・女性)は、S大学病院で乳がんの手術を受けてから5年、リンパ腺に再発・転移が見つかってからちょうど2年になります。今は抗がん剤治療が終わったところで、ホルモン剤だけを内服し、2カ月に1回のペースで通院しています。

 昨年4月、左大腿部が痛んでどうしたものかと数日ほどガマンしていたら、赤くなって水疱が出てきました。皮膚科に行くと「帯状疱疹」と診断されました。1週間の薬の内服で発疹はよくなりましたが、痛みは残っています。

 その後、9月に今度は腰が痛くなり、整形外科を受診すると「軽度の腰椎の圧迫骨折がある」と言われました。薬をもらって、今はコルセットをしています。

 Kさんからお話をうかがい、「乳がんの担当医には相談したのですか?」と尋ねると、こんな答えが返ってきました。

「その時は相談していません。帯状疱疹の時の皮膚科も、腰が痛い時の整形外科も、自分でネットでクリニックを探しました。皮膚科でも整形外科でも、乳がんで通院中であることは詳しく話しました。その時、『本当は担当医から乳がんの情報が欲しい』と言われ、特に皮膚科の医師は『最近の採血の結果が知りたい』とのことでしたが、『乳がんの担当医から採血結果は問題ないと言われている』とお話ししました。腰のX線検査を受けた後、整形外科の医師は乳がんの骨転移のことを心配してくれたようです。ただ、『来週になっても痛みがあるようならMRI検査しよう』と言ってくれました」

 Kさんによると、乳がんの担当医には定期の診察の時に事後報告をしたそうです。担当医はふんふんと聞いているだけで、興味なさそうな印象だったといいます。

■それほど普及していないのが現状だが…

 以前、私たちは「医療連携手帳」というものを作りました。がん患者が、がんの手術など専門的な治療を行って退院した時、その病院の担当医師が30日以内に発行してくれるもので、がん治療の詳細、今後の治療計画を一冊の手帳にまとめたものです。がん患者が医療機関などを受診する際にこの手帳を持参し、専門病院の医師やかかりつけ医、その他の医療機関などがその都度、病状を書き込みます。連携手帳で患者の治療経過を共有できることによって、より適切な診療が可能となるのです。

 この連携手帳は5大がん(胃、大腸、肺、乳腺、肝)、前立腺がん、緩和ケアなどで作られ、「がん地域連携クリティカルパス」として診療報酬がつきました。

 たとえば、乳がん患者で10年間も経過を見る必要がある場合、その間、風邪、高血圧、転んでケガをしたなどで自宅近くのクリニックにかかることがあるかもしれません。この時、クリニックの医師は、乳がんの状態がすぐに把握できて適切に診療できるわけです。つまり、がん患者がこの手帳を持っていれば、Kさんのような帯状疱疹の皮膚科でも、腰痛の整形外科でも、がんの状態をすぐに把握できることでより適切な治療が可能となるのです。

 また、たとえば持病に糖尿病があったとします。その場合、がんは定期的にがん専門病院で、糖尿病は近くのクリニックで診てもらうということも、この手帳を利用することで非常にスムーズにできるのです。

 最近、私が医療連携手帳についてある患者や医師に尋ねてみると、「知らない」との答えでした。それほど普及していないのが現状のようです。心配になって、東京都福祉保健局に問い合わせると、この手帳はしっかり“生きている”との回答がありました。

 医療連携手帳は、全国でがん拠点病院を中心にそれぞれ作られました。東京では「東京都医療連携手帳」、神奈川県では「神奈川県医療連携手帳」といったように名付けられています。

 5大がんをはじめとするがん患者の診療に当たって、ぜひ活用いただきたいと思います。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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