激増する「心不全」 原因の発見が根本的治療へつながるか

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 患者数が急増している心不全に対し、画期的な研究結果が発表された。研究を行った熊本大大学院生命科学研究部教授の尾池雄一医師に話を聞いた。

 心不全は、心臓が悪いために息切れやむくみが起こり、徐々に命を縮める病気だ。

「心不全の予後は、がんの予後と変わらず悪く、死亡者数は右肩上がりです」

 心不全には大きく分けて2つのタイプがある。「左室駆出率が低下した心不全=HFrEF(ヘフレフ)」と「左室駆出率が低下していない心不全=HFpEF(ヘフペフ)」だ。前者は複数の薬があり、昨年末も新薬が登場。治療選択肢が増えている。

 一方で、ヘフペフは収縮機能が保たれていることから症状が出にくく、診断には心エコー検査や血液検査が必要で発見が遅れる。そのため、超高齢社会であり、高血圧、糖尿病、肥満などの生活習慣病大国の日本では潜在的な患者が急増。しかし、有効な治療が確立されておらず、薬の開発も遅れている。

「治療法が豊富なヘフレフにしても、ある段階を過ぎると増悪を繰り返し最期を迎える。回避するには心不全の原因を見つけ、根本的な治療が必要です。着目したのが細胞の生存に必須のエネルギーを産生するミトコンドリアです」

 心不全は心筋細胞が肥大化する病気だが、スポーツを続けている人の心臓も運動負荷によって心筋細胞が肥大化している。これはスポーツ心臓といい、病気ではない。

「2つを比較すると、スポーツ心臓のミトコンドリアは正常なのに対し、心不全ではミトコンドリアの数が少なく、形態異常や機能低下が見られました。それによってエネルギーが産生できず、心不全発症につながっていたのです」

 もう一点、心不全の原因として注目されているのがDNA損傷への修復機構の活性化だ。細胞に存在するDNAが加齢や活性酸素などで損傷を受けると、体に備わる修復機構が活性化。これが、がん予防になる。

 しかし、がんのない心筋細胞では、DNA損傷への修復機構の活性化が炎症を引き起こし、心不全を増悪し、逆に活性化の抑制が心不全の症状を軽減する。

「心不全の2つの原因はリンクしている。正常な心臓ではミトコンドリアが元気で、エネルギーが産生されている。しかしミトコンドリアの機能不全でエネルギー産生が低下し、心機能が低下すると、ミトコンドリアが頑張って働き、活性酸素が生じる。それがDNAを損傷し、修復機構が活性化し、結果、心不全となるのです」

■特定の遺伝子補充で寿命が大幅に延長

 どうすればこれらを起こさないようにできるのか? 尾池医師らが発見したのが、心筋細胞に豊富に存在するノンコーディングRNA遺伝子(タンパク質に翻訳されずに機能するRNA)で、「Caren(カーレン)」と名付けた。

「ヒトやマウスの心不全で、心筋細胞のカーレンが減少することが判明。またマウスの実験で、カーレンが心筋細胞のミトコンドリア数を増加させ、エネルギー産生を増やし、DNA損傷の修復機構活性化を抑制し、心機能低下を抑制することも分かったのです」

 つまりカーレンを心筋細胞へ補充すれば、心不全発症の2つの原因を改善し、発症や増悪を食い止められる。心不全マウスの実験では、カーレン補充によって生存期間が100日ほど延びた。これは人間の10年に相当するという。

 今後は心不全の患者への臨床応用に向けた、さらなる研究が行われる予定だ。カーレンが薬として臨床現場で使われるようになれば、かなりたくさんの心不全患者が救われることは間違いない。

◆心不全 ステージA~Dの4つに大別され、ステージAは心不全のリスク因子である高血圧、糖尿病、脂質異常症などがある段階。心臓病を起こすとステージBとなり、治療が不十分なために急性心不全を発症するとステージC。急性心不全の再発、再入院を繰り返すと坂を下るように悪化し、ステージDに至る。治療法がほぼなくなり、最終的には命を落とす。

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