独白 愉快な“病人”たち

ギター講師の黒河内直樹さん語る「局所性ジストニア」との壮絶闘病

黒河内直樹さん
黒河内直樹さん(C)日刊ゲンダイ
黒河内直樹さん(ギター教室講師/38歳)=局所性ジストニア

 病気の兆候が表れたのはプロギタリストを目指して音楽専門学校に通っていた頃でした。4年制の最上級生で、すでに少しずつプロ活動を始めていました。

 ある日、練習しようとギターを抱えて右手でピック(弦をはじく爪に代わる道具)を持ったときに、突然その手がこわばったのです。

 指がギュッと固まってしまう感覚で、「おや? なんかおかしいぞ」と思いました。でも、当時はいろいろなギタリストのビデオを見てはフォームを真似て、その弾き方を自分のものにしようと必死だったので、「一時的なものだろう」と軽く考えていました。

 それが一時的どころか日に日にひどくなり、1~2週間もするとギターを構えただけで右腕が固まるようになったのです。さらに数年たつと字を書いたり、食事をするといった生活動作にも支障が表れ始めました。

 いよいよおかしいと思い、整形外科を受診したけれど原因がわかりません。

 当時は自宅にネット環境がなかったので自力で調べることもできず、半年間ぐらい整形外科を転々としました。

 どこへ行っても「わからない」と言われ続けた中、最後に訪れた整形外科で「脳神経外科の方がいいのでは?」と言われ、紹介してもらったのが東京女子医科大学病院でした。

 受診すると、ものの数分で「フォーカル(局所性)ジストニア」と確定されました。当時は医師の中でも認知度が低い病名で、僕もそのとき初めて聞きました。ざっくり言うと職業病の一種で、音楽家だけではなく書道家や美容師など繊細な指の動作を反復して行う仕事をしている人に起こりやすいそうです。精神的なものではなく、脳の異常で筋肉が勝手に萎縮したり、痙攣したりしてしまう病気です。

 鍼やお灸で症状を和らげる方法もありましたが、しっかり治したかったので手術を選択しました。頭蓋骨に小さな穴を開けて、そこから視床という脳の深部まで細い管を差し込み、弱い電流を流して異常を起こしている視床の一部の機能を停止させるという手術です。

 その手術を2007年と2017年に2回受けました。1回目は施術したポイントがズレていたのか、まったく効果がなく、ただ痛いだけの経験をしました。

「人によって個人差があって回復が見込めないこともあります」と言われていた通り、まさにその見込めない方でした。

■運動学習理論を独学で勉強

 ただ、その出来事が今の仕事への転機になりました。手術で治らず「他力本願ではどうにもならない。自分で道を探すしかない」と決意して、スポーツ科学やリハビリにも用いられる運動学習理論を独学で勉強し始めたのです。生活動作から楽器演奏のような繊細な動きまで、効率的な動かし方の手順書のようなものを作って実践しました。

 1回目の手術から1~2年後、まだ満足にギターは弾けませんでしたが、アルバイトしていた音楽スタジオの上司に「ギター教室をやったらどうか」と提案したら、本当に教室を立ち上げてくれたのです。しかも指の動きに特化して、動かし方を理論で構築していく教室です。僕自身があまり弾かなくてもいい形でやらせてもらえて、しかもそれが思いのほかウケまして(笑い)、「これでやっていけそうだ」となったんです。

 僕自身は、1回目の手術から地道な努力を続け、5年たってやっとプロギタリストらしい段階まで回復しました。ただ、そこから5年たっても上達しなかったので、自力回復に限界を感じて2回目の手術を決意したのです。前回とは違うポイントに電流を流してもらい、「これで元に戻る」と願いました。

 結論から言えば、少しは良くなりました。ですが今度は手術の副作用で大変でした。右半身に力が入らなくなり、最初は真っすぐ立つこともできませんでした。一番困ったのはろれつが回らなかったこと。歯科治療で麻酔されたときのような状態が続き、言葉が伝わらないのがつらかった。作業療法と理学療法と言語のリハビリに通いました。ろれつが気にならなくなるまで18カ月かかりました。

 自分が構築してきた運動学習をまた地道に繰り返し、現在2回目の手術からおよそ5年がたちました。まだ完璧ではないですし、疲労がたまるとこわばりの症状や、ろれつがおかしくなったりもするんですけど、少しずつギターは上達しています。

 病気になる前は、ひたすら好きなギタリストの真似をして、弾けないと「練習が足りない」と自分を追い込みました。それが症状の悪化を招いてしまったと思います。でも、ひとつ病気になってよかったことがあるとするなら、それまでの弾き方を外科的にゼロにして、新たに自分に合った弾き方を再インストールできたこと。学び直すチャンスを得たことです。

 根性論ではなく、体のどこをどう使ったらいいのかを示すことで、長く一生演奏を楽しめる弾き方を構築していく。そんな教室ができたのも、この病気を経験したからこそだと思います。

(聞き手=松永詠美子)

▽黒河内直樹(くろこうち・なおき)1982年、長野県生まれ。15歳からギターを始め、東京の音楽専門学校に入学。在学中にプロ活動を始める。ジストニアによる演奏不能な時期を乗り越え、現在は「ハートフルギター教室」の講師。リハビリ中に身につけた運動学習理論を基に科学的根拠のある独特な指導法が支持されている。

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