上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

心房細動や貧血が「心不全」の原因になるケースもある

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 近年、日本でも増えている「心不全」は病名ではなく、心臓の働き=ポンプ機能が低下し、全身に十分な血液を送り出せなくなっている病態を指します。放っておくと徐々に悪化して命を縮めてしまうため、早い段階で進行を食い止めることが重要です。

 前回は、心不全を起こす原因になっている「心臓弁膜症」や「心筋症」に対して手術を行い、心不全を改善させる治療についてお話ししました。ほかに心不全の原因になる心臓疾患として注視されているのが「心房細動」です。

 心房細動は、心臓が細かく不規則に収縮を繰り返し、規則正しい心房の収縮ができなくなる不整脈のひとつです。それだけでは命に関わるような病気ではありませんが、心不全を合併して死亡の原因になるケースも多いことがわかっています。伏見AFレジストリーという心房細動のコホート研究では、心房細動患者における心血管死の死因は14.5%が心不全で、最も多かったことが報告されているのです。

 心房細動が進むと心臓のポンプ機能が徐々に衰えていき、血液が心房から心室にスムーズに流れなくなるため血流が滞ってしまいます。すると、心房が拡大して弁にトラブルが生じ、血液の逆流が起こります。結果、全身に十分な血液を送り出せなくなって心不全を発症するのです。

 心房細動がある人は、まずは薬物治療によるリズムや心拍数の管理を行い、カテーテルアブレーションなどの治療で症状をしっかりコントロールすることが、心不全の予防につながります。心房細動によって弁にトラブルが起こっている場合は、カテーテルを使って大動脈弁を交換する「TAVI(経カテーテル大動脈弁留置術)」や、ずれてうまく閉じなくなっている僧帽弁の両端をクリップで留める「マイトラクリップ」といった治療を行い、うっ血を改善することで心不全の悪化を防ぎます。

■原疾患の進行や悪化で心不全を発症

 また、「貧血」が心不全につながるケースもあります。貧血とは、血液中の正常な赤血球の量が少なくなっている状態を指します。赤血球に含まれていて、全身に酸素を運ぶ役割があるヘモグロビンの量も低下するため、細胞が酸欠状態になって不調が表れます。

 体内が酸欠状態になると、それをカバーするために心臓はフル回転して少しでも多く血液を循環させようとします。すると、心臓の拍動数が増加して「心悸亢進」という症状が表れます。それだけ心臓には大きな負担がかかるので、さまざまな心臓疾患につながります。たとえば、通常なら問題ない程度の軽い弁膜症があるような人は、貧血が悪化すると心臓の負担が増大し、心不全を発症しやすくなってしまうのです。

 貧血のおよそ70%は体内の鉄分不足で起こる「鉄欠乏性貧血」ですが、ほかの病気が原因になっているケースがあります。消化管などのトラブルによる出血や子宮筋腫が原因であるもの、動悸や息切れの症状には心臓疾患が隠れている場合もあります。まずは、血液内科などの専門科を受診し、治療をして、貧血の状態をコントロールすることが心不全を防ぐ第一歩です。

 このように、心不全は原疾患の進行や悪化によって発症します。心不全の症状が出て受診した患者さんを検査した結果、ほかにトラブルがあったというケースもありますが、多くはもともと心臓をはじめとした何らかの疾患を抱えて治療を受けている患者さんに心不全の症状が表れ、循環器内科や心臓血管外科にバトンタッチするパターンがほとんどです。

 心房細動や心臓弁膜症などの心臓疾患はもちろん、糖尿病、腎機能障害、高血圧といった生活習慣病がある人は心房細動にもなりやすい状態なので、そこから心不全も起こして生活制限を来すリスクがある。そう自覚して、しっかりコントロールすることが重要なのです。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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