Dr.中川 がんサバイバーの知恵

保険適用から1年半の「乳がん予防切除」 卵巣がんにも要注意

アンジェリーナ・ジョリー
アンジェリーナ・ジョリー(C)日刊ゲンダイ

 女性で乳がんと診断されるのは年間約9万3000人で、亡くなるのは同約1万5000人です。乳がんは、女性のがん罹患数1位で、死亡数は5位。女性にとっては侮れない乳がんを巡り、注目されているのが、昨年4月に保険適用された予防切除です。

 その予防切除がクローズアップされたのは8年前。米女優アンジェリーナ・ジョリー(46)が、特定の遺伝子変異により、医師に「乳がんになる可能性が87%」と診断されたため、乳がん予防で両方の乳腺の切除手術を受けていたことを明かした時でした。その2年後には卵巣と卵管の切除も公表しています。

 日本でも予防切除の保険適用から1年余り。コロナ禍の受診控えで、期待ほどの進展はありませんでしたが、感染者数も落ち着いてきたので、今後広がることが予想されるのです。

 特定の遺伝子とはBRCA1で、がんを抑える働きをします。人は、両親からそれぞれ遺伝子を引き継いでいるので、どちらも正常なら、遺伝子変異を繰り返しながら両方にキズがつかないと、がんは発生しません。

 アンジーは母からその遺伝子異常を受け継ぎ、がん予防の点では父親からの正常なタイプのみが頼みの綱でした。

 アンジーのようにBRCA1の遺伝子異常があると、女性は乳がんの発生確率が46~87%、さらに卵巣がんも39~63%に上るのです。

 変異がない女性が生涯に乳がんになる確率は9%、卵巣がんは1%ですから、遺伝子変異がある場合のリスクは突出しています。BRCA2に変異がある場合も、同様に高率です。このような状態は、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)と呼ばれます。

 このタイプの女性は、両方の乳房にがんができたり、乳がんと卵巣がんを併発したりするため、アンジーのように乳がんの診断をキッカケに、もう一方の乳房や卵巣、卵管などの予防切除が検討されるのです。

 予防切除を保険で受けるには、条件があります。まず患者が遺伝カウンセリングを受けた上で切除を希望し、さらに遺伝に詳しい医師や乳腺外科医、または産婦人科医が参加するカンファレンスで治療方針を決めることです。そうすると、平均的な所得の方なら、高額療養費制度の利用で、自己負担は9万~10万円ほどになります。

 予防切除が特に効果的なのは、卵巣がんです。卵巣がんは進行が早く、早期発見が難しい。半年に1回、エコー検査と腫瘍マーカー検査を受けていても、進行がんで見つかることが珍しくありません。HBOCと診断された場合、妊娠を希望される方は、出産を終えて40歳前後に卵巣などの切除をするか検討することになります。

 このタイプの男性も男性乳がんになりやすいほか、前立腺がんや、すい臓がんになりやすいことが分かっています。男性も無縁ではありません。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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