独白 愉快な“病人”たち

写真家・野村誠一さんは悪性リンパ腫に…ステージ4と告げられ動転、家内にお墓の相談まで

野村誠一さん
野村誠一さん(C)日刊ゲンダイ
野村誠一さん(写真家/70歳)悪性リンパ腫

 主治医に「治るから大丈夫」と言われても、頭が真っ白になりました。家内は主治医から話を聞いた段階で治ると信じたようで、不安でいっぱいの自分に対して困惑してたかも(笑い)。

 今年1月、食べると気持ち悪くなり吐いてしまう症状がありました。自分では胃痙攣だと思いましたが、お腹のあたりを触ってみると妙に硬くて、知り合いの「ゆうてんじ内科」の下川医師に相談したんです。すると、胃に詳しい先生を紹介されて、そこへ行くと触診をして「これは胃じゃない。すぐにMRIを撮るように」と言われました。

 じつはその3週間ほど前に軽井沢のアウトレットでウエストを測ったら、今までにない98センチと言われてびっくりしたのが最初の違和感でした。

 先ほどの内科医の紹介で、検査専門の医療機関でMRIを撮ると、技師が画像を見て「私は医者じゃないのでなんとも言えませんが、お腹全面に何かあります」と言われ血の気が引きました。その画像を持って内科医のところへ戻ると、今度は血液内科で有名な虎の門病院の谷口修一医師を紹介されました。

 翌日、虎の門病院に行くと、谷口医師は「悪性リンパ腫」だといきなり紙に書かれ、「しあさってから3週間入院してください」と言われたのです。ショックで、そこから先の先生の言葉は聞こえませんでした。

 翌々朝一番でPET検査を受けたとき、「野村さんはつま先から頭のてっぺんまで撮りますから」と言われ、「これはただ事じゃないな」と目の前が真っ暗になりました。

 帰宅してから、遺影と家族写真を撮って翌日入院しました。

 入院するとすぐに骨髄検査となり、悪性リンパ腫の種類は100種類ぐらいあるらしく、どのタイプかを見極めるために腹腔鏡でお腹の組織を採取する手術も受けました。そのとき、「手術の記録」をLEICAカメラ好きの宮崎医師に写真を撮ってもらいました。

 そして生検手術の翌日、血液内科の梶大介医師から今後の説明があり、PET-CTの映像を見せられました。お腹全体がほぼ真っ赤な映像で、「赤いところが全部悪性リンパ腫です」という診断でした。お腹にある大きなものはリンゴ大の腫瘍3つ。あと左肘に卵の黄身くらい、右鼠径部にいくつかしこりがあることを告げられました。

 さらに「ステージ4」と言われ、その時点で死を覚悟しました。そして気が動転して家内にお墓の相談までしました。破裂するのではないかと思うくらいお腹が日に日に腫れていく中、鏡に向かって自撮りした自分の顔はまるで夢遊病者のようで、当時、まともな精神状態ではなかったことがわかります。

■抗がん剤の即効性に驚いた

 1回目の抗がん剤治療(R-CHOP療法)の点滴が始まったのは、入院1週間後からです。看護師さんは完全防護服でした。聞けば、この薬が血管以外に刺さってしまうと大変なことになり、皮膚の表面に付くのもNG。そのくらい強力な薬で、人生で8回しか打てないとのこと。それを自分は計6回打ったので、もし再発しても同じ治療はできないと言われました。

 抗がん剤の即効性が驚きでした。4~5時間の点滴が終わり、その晩、左肘を触ると、しこりが半分ぐらいの大きさになっていて、翌日には消えていたのです。「もしかしたら生きられるかもしれない」と思ったのはそのあたりからです。

 その3日後に分子標的薬というがん細胞をピンポイントに攻撃する点滴をしました。その効果もあり、1回目の抗がん剤の後、5日目には入院して初めてお腹がすいた感覚があり、その日の食事に出てきた節分の恵方巻きの味に感激しました。

 思った以上に経過がよく、3週間と言われた入院が2週間に短縮となり、以降は通院で抗がん剤治療を続けました。幸い、副作用は脱毛だけで、気持ちが悪くなったことは一度もありません。

 おかげさまで寛解しましたが、再発しやすい一面があるそうなので、2カ月に1回、分子標的薬の点滴を2年ぐらい、経過観察をしていきます。

 今回、入院中に思ったのは、自分の“作品集”がないと、まだ何も作品を残せてないということでした。これまで、グラビアやアイドルの写真集は依頼されて400冊以上撮影をしてきましたが、自分自身の写真集は1冊しかないことに気がつきました。振り返ればアッという間だったな、「自分の作品を真剣に考えたい!」と強烈に思ったのです。

 以前は仕事を離れるとカメラを持ち歩くことはほとんどありませんでした。でも今は犬の散歩にさえ、近所でもどこに行くにもLEICAを持って行くようになりました。身近なものを撮ることも楽しくて、なんというか、死に直面して覚醒したというか、“モノ”が以前と違って見えるようになったんです。またさらに写真が好きになり、面白くなってきました!

(聞き手=松永詠美子)

▽野村誠一(のむら・せいいち) 1951年、群馬県生まれ。写真専門学校卒業後、広告代理店のカメラマンを経て独立。トップアイドルの写真集を数々手掛け、「週刊少年マガジン」などの表紙やグラビア撮影などを長年担当。1988年には講談社出版文化賞写真賞を受賞した。最近はYouTubeチャンネル「野村誠一写真塾」で撮影技術や裏話などを次々とアップしている。

■本コラム待望の書籍化!「愉快な病人たち」(講談社 税込み1540円)好評発売中!

関連記事