独白 愉快な“病人”たち

腎臓がんで手術のBOROさん「小さなことに幸せを見出せるようになった」

BOROさん
BOROさん(提供写真)
BOROさん(歌手/67歳)=腎臓がん

 2021年1月、左腎臓の部分摘出をしました。手術後の鈍痛や、周りの環境を見たとき、ここは「地獄だ」と思いました。

 でもあるとき、ふっと「これが今の自分の現実だ!」と自分自身に起こっている全部を受け入れた瞬間があって、それからすべてが許せました。痛いし、地獄だし、どうしようもない状態の中で、「あとは希望しかない」と悟りのような境地になったのです。

 きっかけはある嵐の後に見えた虹でした。病室の窓の外にきれいな虹がかかっていたのがうれしくて、「自分はまだささやかなことに喜びを感じることができる。虹を見て安らぐ気持ち、その感性が残っている。よかったぁ」と思えたのです。

 主治医に「腎臓に小さい腫瘍ができている」と言われたのは、2018年にCT検査を受けたときでした。私はそれまでにさんざん闘病していたので、主治医が定期的に注意深く私を診てくれていまして、早期発見となりました。

 ただ、6ミリ程度の大きさだったので経過観察となり、16ミリほどになった2020年秋、大学病院で本格的な検査を受けて、がんが確定したという経緯です。

 手術はダヴィンチというロボットを使った傷口の小さい手術でした。技術的には全摘よりも難しい部分摘出だったので、6時間ぐらいかかったようです。

 ひとつ失敗したのは集中治療室から病室に帰るときの手段を「歩いて帰る」と言ってしまったことです。手術前に「ベッドのまま」か「車イス」か「歩く」かを聞かれるんですよね。医者から「歩いたほうが治りが早いので、最近はみなさん歩いて帰ります」とか聞かされていたので「歩いて帰ります」と答えてしまったんです(笑い)。

 全身麻酔だったので頭がフラフラしてなかなか立てなくて、30分置きぐらいに「立ちましょう」と言われてはダメで横になるのを繰り返しました。

 ベッドのままを選択していたらものの1~2分で移動できたのに、立ち上がるまでに4時間もかかってしまいました。

 面白かったのは、管だらけのままついに立ち上がったとき、私が周りの看護師さんたちに「これでやっと病人らしくなりました」と言ったら、年配の看護師さんから「病気は昨日で治ったの。今日からはケガ人です」と返ってきて、その場にドッと笑いが起こったこと。その雰囲気に背中を押されてなんとか病室まで歩けました。

 今回の入院の経験があったからこそ、小さなことに幸せを見いだせる自分に気づいたのです。

 虹の一件から何を見ても素晴らしく思え、青空にぽっかり浮かぶ雲がパンダになったりゾウになったりするのも楽しい。ふと「ここには道化師がいるみたいだ」と空想していると、仲の良かった今は亡きミュージシャンたちが思い出されて、彼らも音楽でみんなを楽しませる道化師だったし、自分もそうだし、ここで笑わせてくれた看護師さんたちもそう。自分の周りには道化師がたくさんいて楽しませてくれていることを実感しました。

 それが「道化師たちの住み家」という曲になって最新アルバムに収録されています。

■退院後に白内障の手術も

 思えば35~36歳のときにC型肝炎がわかり、物心ついた頃から悩まされていた体のだるさが「これだったのか」と腑に落ちてから、病気やケガが続きました。歯の治療をしたことがもとで、2005年には上顎洞に膿がたまる上顎洞炎を患いました。膿が骨を溶かしてしまうので、5年計画の手術で少しずつ上顎の骨を人工的に作っていきました。口の中から上唇の付け根にメスを入れ、上顎の皮をめくるものですから毎回ものすごく顔が腫れました。腫れが引いている間にライブをして、また手術して腫れて……という5年間を過ごしたのです。

 それがやっと終わったら、次はシンバルに頭を強打して、1カ月後にろれつが回らなくなりました。病院に行ったら硬膜下血腫と言われて即手術でした。退院して2日後に、担当していた映画音楽の歌入れで思いっきり歌ったら再発してしまい、また救急手術。そんな調子だったので、念入りに検査をしていたことが腎臓がんの早期発見につながったわけです。

 がんは1週間で退院しましたが、その後も免疫力が低下して水疱瘡になったり、鼠径ヘルニアになったり……。7月には白内障の手術もしました。どうせコロナ禍でライブができないから、この際、悪いところは全部治しちゃおうってことで手術したら、まあ少年の目のようにクリアな視界になりました。でも同時に鏡を見て、シワと白髪の自分が見えて、「老人なんだ」と初めて気が付きました(笑い)。

 ギターの練習のし過ぎで五十肩にもなりましたが、立ち稽古は常にしているので、お呼びがかかればいつでも歌える状態です!

(聞き手=松永詠美子)

▽BORO(ぼろ) 1954年、兵庫県生まれ。79年にデビューし、セカンドシングル「大阪で生まれた女」が大ヒット。音楽プロデューサーとして多くのアーティストに楽曲を提供した。90年以降は大阪を中心に音楽活動を展開し、94年にレコード会社「BBB Records」設立。闘病を経て、全曲弾き語りのアルバム「OVERCOME」が絶賛発売中。

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