前回、昨年11月初旬に小腸閉塞を起こして1週間ほど入院した時の体験談をお話ししました。その際、2000年代に入って発展した小腸内視鏡検査とカプセル内視鏡検査を受け、身をもって医療の進歩を感じることができました。
ほかにも、入院して患者の立場になり、あらためて気づかされたことがありました。
まずは、感染対策の重要性です。その頃はまだ新型コロナウイルスのオミクロン株が流行する前でしたが、どんな変異株であろうと、病気を抱えていてリスクが高い患者さんが集まっている医療機関で、クラスターを発生させるわけにはいきません。私が入院する際も事前にPCR検査を受け、陰性であることがしっかり確認されてから、その後の手続きが行われました。
個室の病室から移動して外来まで検査を受けに行くときも、しっかりマスクを着用して、入室の前後は必ずアルコールで手指消毒を徹底しました。外科医にとって「手洗い」は基本中の基本です。外科医の手に付着した細菌などが手術中に患者さんに感染して感染症を引き起こすと、命に関わることさえあるため、手術に臨む前、外科医は必ず入念な手洗いを行います。もちろん、看護師や技師といった医療スタッフも同様です。
かつては、消毒液(抗菌性スクラブ製剤)と硬い木のブラシを使って手洗いをしていましたが、時代とともに変遷し、近年は一般的なせっけん液(非抗菌性せっけん液)で揉み洗いした後、アルコール製剤を擦り込む方法が行われるようになっています。これを手術に臨むたびに繰り返し実施するわけですから、手洗い=手指消毒の重要性は体にしみついています。
とはいえ、日常生活に至るまで手指消毒を徹底していたかというと、そこまで強く意識してはいなかったというのが実情です。たとえば飲食店などに入店する際、入り口に消毒用アルコールが設置されていても、急いでいるときなどはついついはしょってしまうことがありました。
しかし、いざ入院して院内を移動する際は、常に意識してアルコール消毒を行う必要があります。患者さんの中には、ウイルスに感染しやすい人、感染すれば重症化や死亡のリスクが高い人もたくさんいます。万が一にも自分から他の人にうつさないように、他の人から自分にうつってしまわないようにする--。入院したことで、そんな感染対策の大前提をさらに強く意識するようになったのです。その頃の主流だったデルタ株は感染力も重症化・死亡リスクも高かったのでなおさらです。
そうした経験から、退院後も公共の場で設置してあれば、意識して必ずアルコール消毒を行うようになりました。会社勤めしているような一般の人たちも、感染対策や生活習慣をあらためて見直す意味でも、人間ドックなどで短期入院してみるのもいいかもしれません。
■薄味でまずいと言われるが…
入院生活中には、食事のありがたみも痛感しました。寄生虫のアニサキス疑いによる小腸閉塞で、イレウス管と呼ばれるチューブを鼻から小腸まで挿入し腸管内を減圧する処置を行っていたため、当初は食事ができませんでした。数日後に全ての症状が治まり、イレウス管が外れてからいわゆる病院食が出るようになり、重湯から始まって徐々に固形食になっていったのですが、その病院食のなんとおいしかったことか。病気をすると、食事が何より楽しみだという患者さんの心境が、あらためてよくわかりました。
よく「病院食はまずい」と言われます。順天堂医院では、病院食のメニューは栄養科の管理栄養士が考えていて、1食につき40種類以上のメニューが作られます。たとえば、糖尿病や高血圧がある患者さんに応じた制限食をはじめ、腎臓病食や肝臓病食といったように臓器ごとの食事管理が行われているのです。適切なカロリー、塩分やタンパク質の量などを計算し、それに応じた食材を選んでメニューが作られているため、普段の食事と比べるとどうしても淡泊な薄味になる傾向があり、患者さんは物足りなく感じるのでしょう。
しかし、実際に病気をして病院食を食べたとき、驚くほどおいしく感じました。それを思うと、入院していて食事がまずいと訴える人は、実は入院が必要なほどの病状ではないのではないか、とも感じました。いずれにせよ、それくらい患者さんにとって食事は大切なものなのです。
おかげさまで病気はすっかり良くなり、いまは普段通りに食事を取れていますし、排泄もスムーズです。入院して検査や治療を経験し、健康を取り戻せたことで、患者さんの健康被害に対する不安や治療への期待感、さらには医療スタッフの心優しさなどをあらためて感じることができました。感謝の気持ちでいっぱいです。
この入院体験を自分自身の医療にも生かすのだという新たな決意を心に刻むことができました。
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