「自死・自殺に向き合う僧侶の会」代表が語る…死んではいけない

東京・三田の正山寺
東京・三田の正山寺(提供写真)

「生きている価値が見いだせないというか……。年に何回か、もう死んでもいいのかなと思うことがあります」

 東京・練馬区内に住む年金生活者のAさん(71歳)が、目を泳がせながらこんな言葉を漏らす。

 国立大の教育学部卒というエリートのAさんがうつ病を発症したのは数年前。自営業が破綻し、妻も自宅から姿を消していた。子供はいない。現在も毎日、抗うつ剤を服用し、医薬治療を継続しているが、改善は芳しくない。

 相変わらず引きこもりの生活で、玄関のドアは閉ざされたままだ。訪ねてくる親族や友人もいない。

 生きることに疲れ果て、自死をも考えるAさんのような人々を対象に、「あなたのお話 お聴きします」というボランティア組織、「自死・自殺に向き合う僧侶の会」がある。東京、名古屋、大阪、広島など都市部を中心にネットワークを広げ、電話、手紙、オンラインなどで生きることに苦悩している人々に寄り添う。

 東京・三田にある「正山寺」の前田宥全住職が、同会の共同代表を務めている。400年あまり続く曹洞宗の名刹である正山寺を継承している前田住職は41代目。「(財)メンタルケア協会 精神対話士」の肩書も持つ。僧侶の会は超宗派で約200人の僧侶を有し、前田住職自身も正山寺で、自死まで追い込まれた不特定多数の人々を相手に救援の手を差しのべている。

 相談の相手は女性7割、男性3割で、年齢は10~70代と幅が広い。この10年間に1700人、延べ7000回の「対話」を重ねてきた前田住職。僧侶らしい柔らかな口調で、こう語る。

「私は死にたいという人に対し、頭から否定するものではありません。ただし、自ら死ぬことはいかがなものか。なぜ死にたいのですか、その理由を一緒に考えてみませんか、生きる道を考えてみませんかと申しまして、対話を進めます」

 毎年、厚生労働省(自殺対策推進室)や警察庁が発表している統計によると、自殺者数のピークは2003年で、3万4000人が自殺した。その自殺者数は年々減少傾向にあり、2020年は2万1081人だった。

 月別では、学校や勤め先などの環境に大きな変化が生じる春の3月、4月に自殺者数が多い。自殺の理由は、家庭問題、健康問題、経済・生活問題、勤務問題、男女問題、学校問題などに集約されるが、苦悩している問題がいくつも重なるケースも少なくない。

「自死を望む人が100人いたら、100人とも理由が違います。この世は無常です。苦しみの中で生きてきた人が、思いあまって、わざわざお寺に連絡をしてくる。『よく頑張ってきましたね』と、まず慰労の言葉をかけて傾聴し、自死にまで追い込まれている原因を、対話を重ねながら引っ張り出します。原因を除外しなかったら、根本的な解決が難しいからです」(前田住職)

 正山寺に寄り添うように、10年間も連絡を取り続けている人もいる。対話の形式は電話やオンラインなどだが、完全予約制で時間は80分となっている。

 相談相手との会話は「真剣勝負、格闘技と同じ」と言う前田住職に、こんな質問をしてみた。

 電話口でナイフを持ち、今にも手首を切って自殺しようと訴えてきた人に、どんな言葉をかけますか?

「やめなさい! とトゲのある言葉を出すことはいたしません。まず、『ナイフを置いてください。つらかったのでしょうね。今、あなたが苦しんでいる状況を話してみませんか』と言って会話を進めていきます」

 警察庁の統計による自殺の形は、多い順に縊死(首つり)、ガス、薬物、溺死、飛び降りである。

 人生100年の時代。元気でいたら、なにかいいこともある。自ら命を絶つ前に、寄り添って話を聞いてくれる人に一本の電話(℡03.3452.3574)をかけてみてはどうだろうか。

■2021年の自殺者数は2.1万人

 厚労省が2021年の警察庁の自殺統計原票を集計した結果(確定値)を発表した。それによると昨年1年間で、全国で自殺した人の数は2万1007人。新型コロナ禍で11年ぶりに増加に転じた一昨年より74人減ったが、新型コロナ前の2019年より838人多かった。女性は7068人(対前年比42人増)で2年連続増加。男性は1万3939人(同116人減)と12年連続で減少した。

 都道府県別の対前年比自殺者数が増加した上位5つは広島、東京、岡山、青森、福岡。年代別では、50代の増加が目立ち、193人の増加だった。一方、60代では、前年に比べて158人と大きく減った。

関連記事