がんと向き合い生きていく

2羽のツバメは再発を心配するがん患者の心を救ったのか

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 十二指腸がんで3年前に手術を受けたCさん(70歳・男性)のお話です。

 がんはすべて取り除くことができて、担当医は「大丈夫。定期の検査だけはしましょう」と言ってくれています。それでも、手術前に比べて体重が10キロほど減ってしまい、いつまでたっても戻りません。1~2キロの変動はあっても、やはり減ったままです。

 体質が変わってしまったのか、特に寒さに敏感になっています。暖かい季節になって、健康のためと思い散歩は欠かさないのですが、むしろ足は細くなった感じです。

 あれだけ好きだったお酒も飲まなくなりました。飲む気がしないのです。たまにノンアルコールビールを飲んで、その時だけなんとなく酔った気になっています。

「あなたの趣味は?」と聞かれると、何もありません。囲碁、将棋、麻雀……みんな嫌いです。「なにか、楽しいことは?」と聞かれても、テレビは戦争のニュースばかりで嫌だし……。大リーグの大谷翔平と、大相撲の若隆景……くらいです。

「あなたの生きがいは?」

 そう聞かれれば、すぐに「孫」と口に出ます。それでも、なかなか会えません。孫は孫の人生があるし、成長した時、自分はきっともうお墓の中です。

 昔、古本屋で買って読んでいなかった「生きがい療法」の本を本棚から出して読んでみました。でも、心に響きません。

「死の問題から逃げずに、現実的対策に心と生き方を向けていく」「生の有限性と人生における死の意味をより深く認識することによって、生きているかぎりの期間を有意義に生きたいという意欲が高まる」などと書かれていますが、なかなか、納得というかしっくりきませんでした。

 2週間前、まだ田植えがされていない田んぼの水面に、1羽の白いサギが降りていました。

 1週間前の夕方は、急に騒がしくなってカエルの合唱が始まりました。こんなにたくさん、どこに隠れていたのかと思うほどすごい鳴き声ですが、一斉に鳴き始め、鳴き終わるのも一斉です。

 翌日は一日中、雨でした。そして今日は玄関前の車庫の屋根裏にツバメが2羽、飛んできました。2年前も、去年も同じことがありました。

 車庫の中に入らないように網を垂らしたのですが、それでもかいくぐって入ってきます。いったん中に入ってしまうと、網が邪魔になって今度は出られなくなるので、また網を上げてツバメを外に逃がします。

 ツバメはこの場所を、去年のことも覚えていたのでしょうか? でも、巣はまだできていません。ツバメは嫌いではないのですが、クルマの屋根や窓に泥を落として困ります。また知らないうちに入って来て、出られなくなるのが困るのです。それで入れないように網があるのですが、今日は来ないようにするため、網を広げたり、地面につくまで長くしたりして、ツバメとの知恵比べでした。

■お腹の痛みを感じなくなった

 夜、そっと玄関前を見ると、寄り添った2羽のツバメがいました。帰るところがないのだと思いましたが、そのままにしました。

 寝床に入り、一日を振り返って、何もしなかったなと思うと、なんだか憂鬱になります。でも、今日こそはこんなことがやれたな、そう思えることがあると少し心が安らぎます。

 気持ちがツバメに向かうと、毎日心配していたお腹の痛みを感じませんでした。あれほど、「腹の中に何かある。がんの再発ではないか? 何かあるぞ」と思っていたのですが……。

 心身症、私はそうなのだろうと思います。きっと心身症、自分でも分かっているのです。でも、どうにもなりません。2羽のツバメが、私の心を救ってくれたのでしょうか?

 翌朝、目が覚めると曇っていて、今にも雨が降り出しそうです。寒い日で、ツバメの鳴き声がしません。ツバメはどうしているかと、また曇った空を見ます。思い返してみると、2羽のツバメは去年よりも痩せているようにも感じました。

 明日はどうかな。来るかな?

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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