がんと向き合い生きていく

個々のがんに合った薬剤「抗体薬物複合体」の開発が進んでいる

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 がん薬物療法を大まかに説明します。

「抗がん剤」はがん細胞だけではなく正常細胞の核のDNAにもダメージを与えるので、白血球が減るなどの副作用が多く見られます。その後、開発された「分子標的薬」は、がん細胞の中にある増殖に関わる因子を狙い撃ちする薬で、直接DNAにダメージは与えません。そして最近は、正常細胞への影響が少なく、がん細胞に効く薬として「抗体薬物複合体」が開発されています。

 これは、がん細胞に結合するための抗体と抗がん剤を組み合わせた薬剤です。

 68歳の男性は微熱が続き、頚部と鼠径部のリンパ節腫大がありB病院を受診しましたが、診断がつかず経過を見ることになりました。しかし、半年たっても時々高熱が出て、体重は4キロ減り、リンパ節は大きくなってきたため、今度はC病院を受診しました。CT検査では、肝臓と脾臓の腫大があり、リンパ節を生検したところ「悪性リンパ腫」であることがわかりました。このがん細胞は「CD30」というタンパク質が陽性で、「血管免疫芽球性T細胞リンパ腫」との診断でした。

 男性は、同院血液内科に入院して化学療法を行いました。悪性リンパ腫に対する標準的な治療は、CHOP療法(シクロフォスファミド《商品名エンドキサン》、ドキソルビシン《同アドリアシン》、ビンクリスチン《同オンコビン》、プレドニゾロン《同プレドニン》の4剤を使う化学療法)を参考にして、オンコビンの代わりに「アドセトリス」という抗体薬物複合体を使う治療となりました。

 これを1回実施したところ、表在リンパ節腫大は消え、発熱もなくなったのです。男性はとても元気になって、1カ月後に2クール目を行うことになりました。

 この男性のように、悪性リンパ腫の種類によっては、がん細胞の表面にCD30というタンパク質の発現が見られることがあります。このCD30を標的として結びつくように遺伝子工学の手法でモノクローナル抗体がつくられ、その抗体に抗がん剤を組み合わせたのがアドセトリスです。

 一般名は「ブレンツキシマブベドチン(微小管阻害薬結合抗CD30モノクローナル抗体)」で、つまりがん細胞に結合する抗体と抗がん剤を組み合わせた抗体薬物複合体なのです。CD30を目印にしてがん細胞にくっつき、細胞の中に取り込まれ、細胞の中で抗がん剤がDNAを障害しダメージを与えます。同時に投与されたドキソルビシン、シクロフォスファミドは従来通りの抗がん剤で、特別にがん細胞だけを標的として作用するわけではありません。

■特殊なタンパク質に対する免疫を利用

 抗体薬物複合体としてつくられた薬剤は、ほかにHER2を標的とした「エンハーツ」(一般名トラスツズマブデルクステカン)があります。乳がんや胃がんに使われます。がん細胞の細胞膜上に発現するHER2に結合し、細胞内に取り込まれた後にカンプトテシン誘導体(MAAA-1181a)がDNA傷害作用とアポトーシス誘導作用を示すことなどにより、がんの増殖を抑制すると考えられています。

 また、「パドセブ」(一般名エンホルツマブベドチン)は、細胞間の接着に関連するタンパク質であるネクチン-4を標的とした抗体薬物複合体です。ネクチン-4と結合することで細胞殺傷物質が放出され、がん細胞の増殖抑制と細胞死を誘導して効果を発揮します。ネクチン-4は尿路上皮がん細胞に多く発現することから、膀胱がんなどに使われます。

 このように、がん細胞表面に特殊なタンパク質の発現があれば、そのタンパク質に対する抗原抗体反応を利用した抗体薬物複合体ががん細胞に結合し、効果を発揮します。

 近年は、こうした免疫を利用した抗がん薬が開発されているのです。

 これまでは、たくさんの患者の治療成績の統計から標準治療が決められてきましたが、科学技術や遺伝子工学の進歩によって、より個々のがんに合った個別治療の薬剤開発が進んでいます。さらに多くの種類の、それぞれのがんに対しての薬剤の開発が期待されます。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

関連記事