上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

国産も登場したロボット手術 さらに広まるためには課題がある

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

「手術支援ロボット」が日本でも広まっています。1999年に発売された米国メーカーの「ダヴィンチ」に続き、2020年8月には国産初となる「hinotori(ヒノトリ)」が製造販売承認されました。現在、ダヴィンチは全国で450台以上、ヒノトリは神戸大学や藤田医科大学など8施設で導入されています。順天堂医院でも先日3台目のダヴィンチを設置しました。

 ロボットといっても、機械が全自動で手術を行うわけではありません。本体に備え付けられた4本のアームには、メス・鉗子・内視鏡カメラが装着されていて、このアームを患者さんの体に挿入。執刀医は3Dモニター画面を見ながらコントローラーでアームを遠隔操作して手術を行います。

 大きく切開する一般的な手術に比べると小さな穴を開けるだけなので、出血が少なく術後の回復も早い低侵襲な手術だとされています。

 当初、保険適用のダヴィンチ手術は前立腺がんと腎臓がんの摘出手術の2件だけでしたが、2018年4月から新たに12件が追加され、心臓血管外科の領域では「僧帽弁閉鎖不全症に対する胸腔鏡下弁形成術」が保険の対象になっています。

 現時点では、泌尿器科領域の手術での使用が承認されているヒノトリも、今後は消化器外科領域や婦人科領域への拡大が見込まれています。

 現在、国内ではアームの改良や小型化を進めた新たな手術支援ロボットの開発も進んでいますし、さらなる保険適用の拡大も予想されています。そのため、今後はますます手術支援ロボットが普及するだろうという声も上がっています。ただ、そうなるにはいくつか課題があるのも事実です。

■前立腺は手術がやりやすくなったが…

 まずは費用対効果の問題です。いまのダヴィンチの販売価格は上位モデルが1台約3億円、廉価モデルで2億円になります。さらに、鉗子など使い捨ての機材が手術1回あたり50万円ほどかかり、年間の維持費は約1000万~2000万円に上ります。現時点で承認されている手術だけでは、設置にかかる費用を短期で回収するのは難しいのが現状なのです。

 また、本当にロボット手術が必要になる場面は想像以上に少ないのではないかという見方もあります。近年、患者さんの負担が少ない低侵襲の手術として、内視鏡を使う鏡視下手術がどんどん発展しています。人間が手動で行う鏡視下手術で十分に対応できる病気に対し、わざわざロボットを使う必要はないという意見があるのです。

 ロボットアームだからこそできる複雑で細かい手技のほうが患者さんに対する効果が高いとされる部位であれば、ロボット手術を行う意味は大きいと言えます。たとえば前立腺がんの摘出手術では、前立腺、膀胱、精嚢、尿道と、複雑な構造の部位を処置しなければならず、患部をのぞき込む形で手術しなければなりません。それが、アームと内視鏡カメラを使うロボットによって手術が椅子に座った形の遠隔操作になり、執刀医の身体的な負担が減って格段にやりやすくなったのです。今後、ロボット手術が必要になってくるのは、こうした通常の手術がやりにくい部位が中心になると考えられます。

 先ほども触れましたが、心臓血管外科でのロボット手術は僧帽弁閉鎖不全症に対する胸腔鏡下弁形成術が行われています。ただ、手術以外に心筋保護や他の部位で不測の出血などを見逃さないようにするためには遠隔操作の良し悪しもあると思います。そうした点も踏まえ、この先、心臓血管外科領域のどんな場面でロボットが使われるようになる可能性があるかを考えてみると、決まった場所にアプローチするだけで済む内胸動脈の剥離や、冠動脈バイパス手術で使うバイパス用の血管を採取する場面くらいではないかと思われます。

 また、1度目の手術で切開した部位がひどく癒着しておらず、とくに剥離する必要がない再手術であれば、登場する機会があるかもしれません。通常の手術の場合、胸の中央を胸骨正中切開してから、周囲を剥離して患部にアプローチします。しかし、患部に到達するまでに周囲を剥離する必要がなければ、ロボットアームで患部近くの任意の場所からアプローチが可能です。内視鏡カメラで見える範囲の処置で済む手術であれば、患者さんの負担を少なくすることができるのです。

 といっても、ロボット手術が患者さんにとって明らかにプラスになるケースは、心臓外科の領域ではそこまで多くはないでしょう。

 費用対効果と患者さんのメリットを考えると、ロボット手術の普及がさらに加速するとは言い切れない部分があります。ただ、「ロボット手術を実施している」と掲げる医療機関には、患者さんが集まりやすい傾向があります。そうした点も含め、次回もロボット手術についてお話しします。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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