認知症治療の第一人者が教える 元気な脳で天寿を全う

WHOの12指針で認知症リスクを下げる 今すべきは2次予防と3次予防

筋トレより有酸素運動
筋トレより有酸素運動(C)日刊ゲンダイ

 病気の予防には段階があります。新型コロナウイルスでは、1次予防がワクチン接種で感染しないようにする、2次予防がマスク着用・手洗い・3密回避などで発症を遅らせる、3次予防が発症しても薬で重症化しないようにする。

 認知症予防でも、3つの段階に分けて考えます。1次予防(発症させない)は、アルツハイマー病の根本的な原因が解明され、それに介入すること。現段階では1次予防は難しい。ただし、できる限り認知症にならない生活は送れます。

 確実にできるのは、2次予防と3次予防です。2次予防では、生活を改善し、発症リスクを下げる。3次予防では、早期に発見し、薬物療法と非薬物療法の両輪で認知機能の低下スピードをゆっくりにする。認知症が進むと、自分の状態の理解が不十分になるため、意欲的に治療に取り組むためにも、早くからの予防が大切です。

 2次予防、3次予防に役立つものとして、WHO(世界保健機関)が2019年に発表した「認知機能低下と認知症のリスク減少の指針」、そしてランセットに17年、20年に掲載された認知症の危険因子に関する論文があります。

 WHOのガイドラインは、世界中の認知症に関する研究から、認知症のリスクを減らす可能性があるものを取りまとめたものです。

 全部で12項目あり、ガイドラインでは介入方法、エビデンスや推奨の強さなどがまとめられています。

 12項目の内訳は、身体活動による介入、喫煙による介入、栄養的介入、アルコール使用障害の介入、認知的介入、社会活動、体重管理、高血圧の管理、糖尿病の管理、脂質異常症の管理、うつ病への対応、難聴の管理です。

■1つずつやれることを増やしていく

 身体活動では、筋力トレーニングよりも有酸素性トレーニングの方が効果が高いと考えられ、認知機能が正常の成人に効果があり、また、アルツハイマー病の前段階である軽度認知障害(MCI)にも効果があると示唆されています。

 栄養面では、バランスの取れた食事が勧められ、地中海沿岸で取られる伝統的な食事「地中海食」、アメリカで高血圧改善のために推奨された「DASH食」が例として挙げられています。ただ、日本語版では、海外と日本の食習慣が異なることから地中海食の導入は難しいと記載されています。

 過剰なアルコール摂取は認知症などの危険因子になるので注意が必要。また、いわゆる脳トレはエビデンスは不十分であるものの、メリットの方がデメリットを上回るため条件付きで推奨。そして、他人との交流がないと認知症のリスクを高めるといわれ、ガイドラインでは推奨度は示されていませんが、一生を通じて社会的な活動に積極的に参加できる仕組みは必要としています。

 肥満はさまざまな病気のリスクを高め、体重管理は認知症対策としても不可欠です。高血圧、糖尿病、脂質異常症は認知症との関連が指摘されていますから、これらの生活習慣病がある場合は、治療に取り組まなければなりません。うつ病は認知症の病前状態である可能性があり、難聴は社会的孤独に陥りがち。コミュニケーション能力に悪影響を及ぼし、認知機能を低下させます。

 要は、適度な運動とバランスの取れた食事を心掛け、たばこは吸わず、アルコールは取り過ぎず、生活習慣病、うつ病、難聴の対策に努め、社会的活動を行うことがリスクを減らすのです。

 ランセットに掲載された論文でも、認知症の12の危険因子が示されています。教育期間の短さ、聴力低下、うつ病、運動不足、肥満、高血圧、糖尿病、喫煙、社会的孤立、過度の飲酒、頭部外傷、大気汚染で、これらを改善することで、認知症の発症を40%ほど予防する効果が期待できるとのこと。WHOのガイドラインとランセットの論文、重なっている部分が多いですよね。

 すべてに取り組めなくても、1つずつやれることを増やしていく。認知症の2次予防、3次予防をどう捉えるかは、今後の人生をどう生きていきたいかの表明でもあると言えます。

新井平伊

新井平伊

1984年、順天堂大学大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学部講師、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年からアルツクリニック東京院長。順天堂大学医学部名誉教授。アルツハイマー病の基礎と研究を中心とした老年精神医学が専門。日本老年精神医学会前理事長。1999年、当時日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2019年、世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。著書に「脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法」(文春新書)など。

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