世界初の「がん悪液質の薬」はどんな効果を上げているのか?

写真はイメージ
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 医療技術は日進月歩。2年余りの新型コロナ禍でもがん治療は大きく進歩した。そのひとつとして注目されているのが昨年4月に発売された世界初のがん悪液質治療薬「エドルミズ」(一般名アナモレリン塩酸塩)だ。がん患者の生活の質(QOL)を維持・改善するのに重要な役割を果たす「がんサポーティブケア」(支持療法)の治療薬だが、どのような効果が出ているのか? 「江戸川病院」(東京都江戸川区)の放射線科の黒崎弘正部長に聞いた。

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 がん悪液質とは、がんに伴う体重減少や食欲不振を特徴とする複合的な代謝異常症候群のこと。進行がん患者の80%以上に認められ、体重減少や食欲不振といった典型的な症状以外に、抗がん剤などの効果の減弱、副作用や治療中断の増加、生存率にも影響を及ぼす。がんを患うと見る影もなくげっそりやせるのはこのためだ。しかし、これまでがん悪液質の治療薬はなかった。

「そもそもなぜがんになるとがん悪液質ができるのかというと、がん細胞とそれに対する生体反応として、正常細胞から炎症性サイトカインが大量に分泌されるからです。それが慢性的な炎症と代謝異常を引き起こし、骨格筋の減少を伴う体重減少と食欲不振を招きます。その結果、急激に体力や免疫力が低下し衰弱していきます。だからこそ、がん患者に対しては早期にがん悪液質治療を開始することが重要なのです」

 がん悪液質は、①「前がん悪液質」②「悪液質」③「不応性悪液質」の3つの連続した病期に分類される。

「①はごく軽い全身倦怠感、食欲低下が出現する時期で終末期前期にあたります。患者さんは抗がん剤治療を受けていることが多く、通常の日常生活を過ごしています。この時期に積極的な栄養介入が必要です。②は全身倦怠感が見られ、食欲が低下、徐々に衰弱が進行していく時期です。患者さんは徐々に治療するのがつらくなり、筋力低下が表れます。終末期前期から中期にあたります」

 ③では体力低下が顕著になり抗がん剤治療の効果が期待できなくなる時期で、余命の限られた状態となる。

「エドルミズは、これに対抗するためのもので、グレリンと呼ばれる物質に似た働きをする飲み薬です。グレリンは、主に胃から分泌される食欲ホルモンで、食欲高進や脂肪蓄積などの生理作用があります。つまり、体重、筋肉量、食欲、代謝を調節する複数の経路を刺激するわけです。エドルミズはこれと同じような働きをすることで、がん悪液質患者の体重と筋肉量を増加させ、食欲を復活させるのです」

■4カ月体重を維持、腫瘍マーカー低下の例も

 添付文書に非小細胞肺がんのがん悪液質患者173人(エドルミズ投与83人、プラセボ投与90人)を対象に国内で行われた臨床試験の結果が記載されている。

 それによると、脂肪を除いた体重量がエドルミズ投与群で平均1.38キロ増加。プラセボ群では平均0.17キロ減少した。

 消化器がんのがん悪液質患者を対象に行われた臨床試験では、被験者の63%に体重の維持・増加が認められ、食欲の改善も見られたという。

 ただし、肺がんのがん悪液質患者を対象とした臨床試験では、骨格筋の増加は認められたものの、筋力の有意な増加は見られなかった。筋力を維持・向上させるには、筋肉に負荷をかける運動が必要であるのは明らかだ。

 残念ながら、エドルミズの適応は、「肺がん」「胃がん」「膵がん」「大腸がん」に限られており、乳がんなどその他のがんには認められていない。

 では、この世界初のがん悪液質の治療薬は実際に臨床現場ではどのような成果が上がっているのだろうか?

「肺がん治療中の80代の男性患者さんは、4つ肝臓の転移が出現しました。体重も50キロから44キロへ激減しました。総タンパク5.1、アルブミンも1.5まで低下した。肝転移への放射線治療を行うとともにエドルミズを投与し始めたら、体重は変わらないものの『食事がまずい』と言わなくなりました。4カ月後には総タンパク6.3、アルブミン2.6まで改善しました」

 80代の肺がんの女性は4.5センチ大の肝転移があった。疼痛もあり、食欲不振から以前は55キロだった体重が46キロに低下。年齢から大学病院でも治療不能との判断だった。

 肝転移と原発巣に放射線治療を加えるとともにエドルミズを投与した。抗がん剤は使わなかったが、腫瘍マーカーCEA(正常値5.0ナノグラム/ミリリットル以下)は8.7から2.9に低下。半年後の今も体重は45キロのままで、食事も8割は取れているという。

「がん治療においては昔から栄養管理が大きな課題になっていました。放射線や抗がん剤治療で効果が表れ始めていたのに、がん悪液質で体力が失われ、その成果を得る前に亡くなる方が多かった。今回の新薬の適応範囲がさらに広がり、がん治療が大きく前進することを期待しています」

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