上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

心臓手術を受ける患者に腎機能障害があるケースが増えている

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 高齢化が加速している近年、心臓手術を受ける患者さんが、同時に「腎臓」のトラブルを抱えているケースが増えています。中でも、多く見られるのが「CKD」と呼ばれる慢性腎臓病です。

 CKDは、腎臓の働きが健常者の60%以下に低下、またはタンパク尿が認められるなどの腎機能の異常が3カ月以上続いている場合に診断されます。日本では1330万人、成人の8人に1人が該当するといわれています。高齢化に加え、高血圧や糖尿病といった生活習慣病がある人が増えていて、そうした疾患のコントロールが不十分なケースが少なくないためです。

「心腎連関」という言葉があるように、心臓と腎臓は密接に関係していることがわかっています。腎機能が悪くなると高血圧や動脈硬化が進んで心臓疾患のリスクを高め、高血圧や動脈硬化は腎臓にダメージを与えます。つまり、高血圧・腎臓・心臓のバランスが崩れると、ドミノ倒しのようにすべてが悪化してしまうのです。

 CKDは、「血清クレアチニン値」と「eGFR(推算糸球体濾過量)」という2つの指標と、「尿中のタンパク質」から評価します。重症度に応じて6段階に分類され、ステージ1と2は正常またはたまに腎機能の数値が悪化する軽度低下、ステージ3aと3bでは本格的な治療が検討されます。悪化してステージ4になると高度低下と呼ばれる重症のCKD、ステージ5は末期腎不全で人工透析を行う必要があります。

■ステージ2~3のCKDが目立つ

 心臓手術が検討される患者さんにCKDがある場合、ステージ2か3の人が多い印象です。心臓疾患の治療は、まずは循環器内科で行われることがほとんどですが、患者さんのステージが2か3の段階になると、手術を受けるために心臓血管外科に回ってくるケースが多いのです。

 たとえば、狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患では、循環器内科でカテーテルを使った冠動脈のステント治療が実施されます。その際、血管の狭窄の状態を確認するために使われる造影剤は、腎臓への血流障害や尿細管障害を起こし、腎機能を悪化させてしまいます。そうした治療によって、患者さんのCKDのステージが2から3に進んでしまったり、3が4になりかけているような場合、良心的な循環器内科医は、その時点で造影剤によるさらなる腎機能の悪化を予測し、外科手術を選択するのです。

 一方で、CKDを合併している患者さんに対し、きちんとした説明もせずにダラダラとステント治療を繰り返し、腎機能を悪化させてしまう医師がいるのも事実です。中には、外科に回ってきた時には、手術をきっかけに人工透析になってしまう可能性が高い状態になっている患者さんもいます。手術では、血圧が大きく変化したり、使用する薬などによって、腎臓にダメージを与えてしまうケースがあるからです。CKDがあって、循環器内科で心臓の治療を受けている人は、担当医に腎臓の状態をしっかり確認することが大切です。

 CKDのステージが2か3で患者さんが外科に回ってきた場合、心臓の手術をしなければならない状態であれば、もちろん手術を行います。手術中に「CHDF」と呼ばれる特殊な透析装置を使った持続血液透析濾過を行って、腎臓にダメージを及ぼす物質を除去して保護しながら手術をソフトランディングさせるなど、さまざまな方法を組み合わせながら実施します。

 冠動脈バイパス手術であれば、CKDのステージが2か3の患者さんは、人工心肺装置を使うと術後に人工透析に移行する可能性が高くなります。腎臓の血流低下を招いて負担がかかり、腎機能が悪化してしまうからです。そのため、ステージ2か3の患者さんの手術は、人工心肺装置を使わないオフポンプ手術を行います。心臓を動かしたまま手術を行えば、人工透析になる確率を低くすることができるのです。

 CKDなどの腎機能障害がある患者さんの手術を行う際、かつては術前に腎臓の状態をできる限り良い状態に管理してから実施するケースもありました。腎機能が悪化して血液中の老廃物を濾過する働きが衰えていても、一時的な人工透析でカバーしたり、尿量がある程度出ている患者さんの場合は、術前に水分を付加したうえで利尿剤を投与することにより腎臓の中の水分を排除する機能を活発にし、体内の老廃物を減らしてから手術に臨む手段もあります。

 ただ、近年は術前に腎臓の状態を管理する方法はあまり行われません。先ほどもお話ししたように、手術室の中で腎臓を管理しながら実施していく場合がほとんどです。

 次回、心臓と腎臓についてさらに詳しくお話しします。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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