認知症治療の第一人者が教える 元気な脳で天寿を全う

その物忘れは正常な老化現象? 軽度認知障害が疑われるのは…

写真はイメージ
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 米アルツハイマー協会が毎年報告している「Alzheimer'sDiseaseFactsandFigures」2022年版では、米国の推定12~18%が軽度認知障害(MCI)を持っているとの報告でした。

 MCIとは、物忘れはあるものの日常生活に支障がない、正常と認知症の中間の状態です。MCIのうち年間10~30%が認知症に進行するといわれています。

 米国のデータでは、このMCIについて詳細に把握している人は5人に1人未満(18%)。半数近い43%の人が、MCIについて聞いたことがないとの回答でした。また55%の人が、MCIについての詳しい説明を受けると、「正常な老化のように思える」と回答したとのこと。

 日本では、厚労省の少し古いデータになりますが、2012時点で65歳以上の推定13%(400万人)がMCIを持っていると推定されています。

 MCIの認知度については、米国のデータとそう変わらないと予想されます。

 メガネを置いた場所がわからなくなる。買い物に出かけたはいいが、「何を買おうと思っていたんだっけ?」となる。話しているうちに、話そうと思っていた内容がわからなくなる──。これらはかつては「年のせい(正常な老化現象)」と考えられてきました。しかし近年では、正常な老化現象ではなく、MCIによる物忘れの可能性もあると指摘されています。

■早い対策で回復も可能

 MCIは認知症の前段階と言えるものの、一方で「正常なレベルに回復する人もいる」「5年後に38.5%が正常化した」といった報告もあります。物忘れを「年のせい」と楽観視せずに、積極的に認知症予防に努めてほしい。そんな思いから始めたことのひとつが、「健脳カフェ」です。

 ヨーロッパで始まったスタイルを取り入れ、12年から国の認知症施策として普及が始まったものとして、「認知症カフェ」があります。

 これは、認知症の当事者、家族、地域住民、介護や医療の専門職などさまざまな人が集まる場。地域の人たちが気軽に集まれ、認知症に関する悩みを共有でき、専門職にも相談できる場所になります。15年に国が「新オレンジプラン(認知症施策推進総合戦略)」の中心施策に位置づけたこともあり、急激に数が増えています。

 一方、「健脳カフェ」は、認知症カフェとは違い、認知症の予防を徹底する場です。私は認知症研究に長年携わってきましたが、エビデンスのある認知症予防策をいくらみなさんに伝えても、実践する場所がないと、本当の意味で理解してもらえない。認知症を予防したいと考える人と直接触れ合い、ともに行動することで、今後の認知症患者さんを減らしていこうというのが目的です。

「健脳カフェ」は月曜から金曜日、午前10~午後0時半、午後2~4時半で、予約なしでご参加いただけます。特にお勧めは金曜日。10時半までに三々五々集まり、10時半から11時半まで、脳を活性化する体操をみんなで行います。そのあとは、ゲームをしたり、カラオケやマージャンをしたり、学生さんと会話をしたり。学生さんは、旧知の仲である上智大学の松田修教授(老年心理学専門)のゼミ生です。

 学生さんを交えているのは、世代を超えた若い人と会話をすることが、脳の活性化につながるから。自身の若い頃を思い出し、前回の本欄で紹介した回想法にもつながります。若い人以外にも、自分とは異なった生活環境で過ごしてきた人と話すことは、脳の活性に役立ちます。

 最近の参加者では、外国でバリバリ活動してきたが、現役を退いた今は一人暮らし。遠方に住む娘さんからの紹介で、通うようになった男性がいます。学生さんたちと外国のさまざまな話をされるうち、どんどん元気になってきています。

「健脳カフェ」は東京・四谷三丁目にありますが、ゆくゆくはネットでつないだ「インターネット健脳カフェ」とし、住んでいる場所を問わず、多くの人とともに認知症予防に取り組みたいと思っています。

新井平伊

新井平伊

1984年、順天堂大学大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学部講師、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年からアルツクリニック東京院長。順天堂大学医学部名誉教授。アルツハイマー病の基礎と研究を中心とした老年精神医学が専門。日本老年精神医学会前理事長。1999年、当時日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2019年、世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。著書に「脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法」(文春新書)など。

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