在宅医療を始められる患者さんはさまざまな事情を抱えています。患者さんやご家族の思いをできるだけ伺いながら、納得の上で療養を進める在宅医療は、そんな患者さんの思いに寄り添うことも大切な仕事のひとつだと考えています。
たとえささいな要望であろうと、それをかなえることが患者さん自身のQOL(生活の質)を高めることにつながるからです。
最期まで自分の意思で生活をすることが比較的しやすい自宅ではADL(日常生活動作)の低下を遅らせることができます。中には仕事を持ち最期まで自宅での勤めを全うしたいとの思いの方もいます。そんな自宅での仕事を続けたいという思いから最近、在宅を選ばれた方がいました。
その患者さんは奥さま、娘さん2人、猫というご家族と同居する80歳の男性。骨髄異形成症候群や器質化肺炎、心房細動という病気を患っていました。執筆業に就いており、長女のサポートを受けながら続けています。
それまで通院しながら主に輸血による治療を続けてこられたのですが、ここにきて病院が自宅から遠方にあることで体力的に通院が無理となり、輸血が行える当診療所で在宅医療を開始されたのでした。
「今後はお家で過ごしていくために、ケアマネさんや訪問看護さんをお願いするのが良いと思います」(私)
「ケアマネさんは明日10時に地域包括支援センターの人と来る予定なんです。明日は福祉用具の人も来ます。ところで、訪問看護さんって何をやってくれるんですか?」(娘さん)
「体調確認もしてくれますし、あとはご家族の介護相談や、お風呂に入れない時は体拭きや寝たままのシャンプーとか、あとは今パッド内でお小水を出しているようなので、きれいにしてくれたり、生活に関わることをやってくれます」(私)
「体拭いたりとかパッドを替えてきれいにしたりとかは私もやっているので」(娘さん)
「でもプロにやり方聞いたりできるでしょ」(奥さま)
「ご家族の困っていることや、そのご家庭に合わせたやり方を指導してくれますよ」(私)
ご家族も納得されて始められた在宅医療ですが、訪問看護やケアマネと知らないことばかり。ベッドなどの環境整備を整えることは戸惑いの連続だといいます。
そんな自宅療養が始まりしばらくして、奥さまから突然、苦しそうなので救急車を呼ぼうかどうかとの電話がありました。
私は、ご主人がまもなく人生を締めくくる可能性が高いことと、救急車で入院した場合、人生最後になること、そしてご自宅でもつらい症状を楽にして診てさし上げることはできることをお伝えしたところ、ご家族は最期まで家で看ると覚悟を決められたのでした。
戸惑いの中、揺れ動くご家族の思いに最期まで寄り添う。それもまた我々の務めと考えています。