末期がん患者がたどる経過について周囲が知っておくべきこと

「基準量の点滴」は患者さんを苦しめることも…
「基準量の点滴」は患者さんを苦しめることも…

 日本人のうち2人に1人ががんに罹患し、4人に1人ががんで亡くなるとされる。がん種やステージにより、治療法など患者本人や家族の葛藤はさまざまだが、末期のがんには共通した症状がある。それを理解しておけば、看取る側も気持ちの整理ができ、患者も無駄な治療による痛みや苦しみから解放される。

 患者の約半数が「がんの末期」状態で、年200人を自宅で看取るという「しろひげ在宅診療所」(東京・江戸川区)の山中光茂院長に聞いた。

「がんとは、遺伝子異常の蓄積により無秩序な増殖を繰り返す異常な細胞が生まれ、悪性新生物を成す病気です。がんが怖いのはそれがさまざまな臓器に転移したり、臓器に深く浸潤することで正常な臓器が腫瘍に置き換わり、生存に必要な機能が失われ、死に至るからです」

 山中医師に言わせると「がん」そのものが致命的なものなのではなく、「進行すること」が問題なのだという。

「だからこそ、がんについては各種臓器に広がる前の『初期のがん』を手術で取り除いたり、抗がん剤や放射線療法で血液やリンパに残っているがん細胞をしっかりと叩いて“治療する”ことが大切なのです」

 とはいえ、がん患者の多くは治療の有無にかかわらず、がんは進行する。

「リンパ節への転移、他の臓器への転移、そして腹膜や胸膜へ広がるだけでなく、皮膚の表面にまでがんが浸潤する場合もあります。骨に転移し、その周りにある神経に浸潤することで腰や足のしびれや痛みが強く出ることも少なくありません。肺でのがんの広がりは呼吸苦につながります」

 これらは進行したがんに見られる症状のほんの一部だが、どのがん種でも末期に多く見られるのは「黄疸」「腹水」「食欲低下」だという。

「肺がん、胃がん、乳がんなどほとんどのがんは肝臓へ転移しやすくなります。そのため末期がんの患者さんは、肝臓で処理できなくなったアンモニアが体に広がることで、黄疸が見られるようになります。眼球から始まり、全身が徐々に黄色くなってきます。その頃には、アンモニアが脳に到達することで、『肝性脳症』という症状が起こります。頭がぼーっとして、幻覚が出たり、精神的に不安定になり、そのうち全体として意識状態が悪くなっていきます」

 肝転移は腹水を招く。もともとお腹の中には腸がスムーズに動くために少量の腹水が存在しているが、これが多くなる。肝臓の機能がストップしてアルブミンが作られなくなり、血管の外に出た水分を血管に戻して保持できなくなるからだ。

「肺との境界線である横隔膜が押し上げられ呼吸がしづらくなったり、心臓や各種臓器の負担が大きくなって、強い全身倦怠感が出たりします」

 治療は炎症を抑えるステロイドで血管からの水漏れを最小限に防ぐとともにお腹にたまった水分を利尿剤で排出することが大切だ。しかし病院では血管内脱水を防ぐ名目で、腹水でも点滴を継続することがあるという。

「点滴をすると治療しているように思えますが、患者さんを苦しめるだけです。腹水がある場合は、水分量を制限する必要があります。腹水を物理的に抜いてアルブミンだけ体に戻す手技もありますが、腹水を抜くことが血圧を低下させたり、全身の栄養状態を悪化させることにもつながります」

■「痛み」があれば無理に闘わない

 ステロイドは、体の炎症を抑えることになり、肝機能を安定させ、黄疸が減少し、倦怠感が取れることも多いという。

「がん終末期には、食欲が低下します。抗がん剤が原因の場合もありますが、抗がん剤をやめた後の食欲低下は、本当の終末期と言えるでしょう。ステロイドで炎症を抑えることで一時的な食欲回復と意識状態の良化にはつながりますが、長くは続きません。その段階で無理に食事や水分を摂取させると『誤嚥性肺炎』を発症することも少なくありません」

 家族の「食べさせたい」気持ちはわかるが、患者の苦しみを増加させる結果になりかねない。

「口からの摂取だけでなく、点滴や胃ろうから水分や栄養も過剰摂取させてしまうと、痰が増えたり、足のむくみ、腹水の増加などにより、『苦しい終末期』になってしまうことが多いのです」

 患者の状態にかかわらず「基準量の点滴」をルール化している病院では、水で溺れるように苦しんで亡くなることも少なくないという。

「抗がん剤で苦しむがん患者さんはいますが、がんそのものによる苦痛は薬の調整や生活環境の改善によって調整できます。結果、最期の時間まで穏やかな看取りにつながることがほとんどです」

 だからこそ、進行がんの告知を受けたときには、無理に「治療」にこだわらず、症状に適した「対症療法」「緩和ケア」を検討する。それが残された人生を有意義に過ごせる道であり、ときに「延命」につながる道なのである。

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