上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

進化する画像診断機器を生かすにはソフトの開発も欠かせない

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 前回、負担の少ない低侵襲な内視鏡手術で使われる8K内視鏡を中心に、急速に進歩している画像診断機器についてお話ししました。治療や検査の真っ最中に、より高精細な画像を撮影することが可能になったハードの進化はもちろん重要なのですが、それと同じくらい大切なのが撮影した画像を処理するソフトの開発です。

 たとえば、手術中にも使われるCTやMRIでは被曝の問題があるため、低用量の放射線かつ短い時間の中で、より多くの画像を撮影して、正確に処理できるかが重要です。そのためには、撮影から処理までの時間を可能な限り速くして、時間差なく正確な画像に構築することができるソフトが必要になってきます。しかも近年は、静止画だけではなく動画も使われているので、現場の要求度はさらに高くなっています。術中に使われる3D心臓エコーも同様です。

 リアルタイムで体の内部の映像をモニターに映しながら処置を進めていくため、撮影と画像の構築までに“ズレ”があると、リズムが乱れますし、思わぬアクシデントにつながる危険があるのです。たとえば、大動脈瘤に対するカテーテルを用いて内部にバネを入れた人工血管「ステントグラフト」を動脈内に留置する治療では、カテーテルを操作している真っ最中に、血管内の画像が必要です。そうしたリアルタイムで正確な画像が求められる治療では、ズレのない立体画像や動画の構築が非常に重要で、近年は機器とソフトの進歩によって、それがだんだん実現してきています。ただ、どうしてもまだズレが生じてしまうので、さらなる進歩を期待しています。

 もっとも、私が心臓血管外科医になった頃と比べると、画像診断機器は信じられないほど進化しています。いまは、超高解像度カメラで撮影された画像から、心臓の機能はどれくらいの状態なのかを判別できたり、血液の逆流がどちらに向かっているのかどうかもわかります。手術前の画像検査によって、どこから、どうアプローチして、どのような処置を行い、どう終わらせるかまでの最適なシミュレーションも可能になりました。

 優れた画像診断機器がない時代は、実際に自分の目で見ながら手探りで手術を行っていました。予定外の部分を切開して大量出血を招いてしまったケースなども経験しています。しかし、正確な画像が得られるいまはそうしたアクシデントは、ほぼありません。仮に予定外のところを切開して穴を開けてしまったとしても、術中にCTで確認して特に大きな問題がないことがわかれば、不測の事態を起こさないように修復して終わらせることができるのです。

 そうした画像診断機器の進歩や変化に合わせ、手術の技術レベルも高められるようになり、その技術を駆使することで患者さんの安全性もさらに高まりました。正確で詳細な画像のおかげで最適な答えがはっきりわかるため処置に迷いがなくなり、手術がスピーディーになって患者さんの負担が減るのです。

■対応力よりも応用力が重要

“かつて”を知っているベテラン外科医の中には、画像診断機器の進化に対応できずギブアップしてしまったり、ついていくので精いっぱいという人もいます。

 一方、スマートフォンに代表されるような進化したテクノロジーが当たり前に存在し、常識的に受け入れられている若手医師にとっては、最新の画像診断機器への対応はまったく苦にしていません。

 ベテランだろうが若手だろうが、日々進化する技術への対応力よりも、肝心なのは自分の頭の中にどれくらいの応用力があるかどうかです。どれだけ優れた画像やデータが得られても、それをしっかり解釈し応用したうえで治療に反映させることができなければ意味がありません。技術の進化を最大限に生かすために、どれくらいさまざまな解釈を持っていて、取捨選択できるのか。いわゆる専門医としての最終判断がいちばん大切なのです。

 また、現時点で人間の能力をはるかに超える機能を持った画像診断機器に、さらなる進化が本当に必要なのかといった疑問の声があるのも理解はできます。しかし、「昔は良かったのにな」と思うことは一切ありません。医療にとって、現在の進化した技術のほうが絶対にプラスになっているからです。

 現在のような画像診断機器の技術があれば、かつて経験した手術で、より良い結果が出せたのではと尋ねられることもありますが、それを考えるのはナンセンスでしょう。手術の進歩というのは、画像診断機器の進化のみで成立しているものではなく、それを含めてさまざまな要素が絡み合い、全体がスクラムを組んで前進していくものだからです。数ある要素の中で突出した進歩を提供してくれる補助手段をいち早く応用していく姿勢が次世代の手術の扉を開くと信じています。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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