上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

コロナ感染は症状が治まっても血栓ができやすい状態が続く

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 新型コロナウイルスの第7波はピークアウトしたといわれますが、それでも都内だけで1日あたり1000人以上の新規感染者が出ています。これから年末年始にかけては第8波の到来も予想されていることもあり、引き続き警戒が必要です。

 とりわけ、あらためて注意しておきたいのが新型コロナ感染が心臓に及ぼす影響です。感染が拡大した当初から、新型コロナは全身の血管に炎症を起こし、血栓ができやすくなることが指摘されていました。ウイルスが細胞へ侵入する際に利用するスパイクタンパク質がいくつものサイトカインを放出し、血管や臓器に炎症を引き起こすことによって血栓が生成されると考えられています。

 普段からわれわれの体内では、血管にちょっとした刺激が加わったり、炎症が起こることによってフィブリノーゲンなどの血液凝固因子が増え、微細な血栓がつくられています。血液が凝固する作用がなければ、たとえばケガをしたときなどに出血が止まらなくなってしまいますから、血液凝固は生命を維持するために重要な反応なのです。

 一方で、われわれの体には線溶系と呼ばれる血栓を溶かす作用も備わっていて、血栓ができたとしても徐々に溶かされていきます。凝固と溶解のバランスによって正常な血液が維持されているのです。新型コロナ感染は、このバランスを崩して極端な凝固に偏った状態を引き起こすといえるでしょう。

 このような血栓ができやすい状態は、新型コロナ感染による発熱や咳などの症状が治まった後も、1カ月程度は続くとみられています。つまり、いわゆる後遺症として血栓による合併症が起こるリスクが続くということです。ですから、心筋梗塞などの虚血性心疾患や脳卒中といった動脈硬化性疾患がある人は、新型コロナ感染症の症状が治まった後に突然、動脈に血栓が詰まって命に関わるような危険があるといえます。

 また、静脈でも同じようなリスクがあり、足の静脈に血栓ができる深部静脈血栓症や、その血栓が血流に乗って心臓まで移動して肺の動脈が詰まってしまう肺血栓塞栓症、いわゆるエコノミークラス症候群を起こす可能性もあります。こちらも死に至るケースが少なくない深刻な疾患です。

■持続する胸痛があればすぐ受診

 実際、私の友人は新型コロナ感染症による肺炎が良くなった後、血栓症による心筋梗塞で亡くなっています。同じように、新型コロナ感染症の症状が治まった後に血栓症を起こした患者さんを血液浄化療法で救命できたケースもあります。血液を体外に設置した機械に排出し、特殊なフィルターを通過させてサイトカインや血液凝固因子を吸着してから体内に戻す治療です。この血液浄化療法は肺炎治療におけるECMO(体外循環式人工肺治療)に至る前の特殊治療で、血液濾過に使用するフィルター管理に慣れた医療機関でなければ実施できない治療なので、ほかの施設であれば命を失っていた可能性もありました。

 こうした血栓症のリスクを考慮して、当院では新型コロナに感染した患者さんは、症状が治まり療養期間が終わっていても、それから1カ月くらいはよほど緊急性がない限り大きな手術は行っていません。大きな手術自体が血液の凝固活性を高進する方向に生体反応を傾かせるのです。それに加え、体力が落ちている術後に、心筋梗塞、脳梗塞、肺塞栓などの合併症を起こしたら、本当に命取りになる危険があるためです。

 先にお話ししたように血栓ができやすい状態は新型コロナ感染症が治癒してからもおよそ1カ月程度続きます。通常であれば、血栓を溶かす作用によって徐々に正常な状態に戻っていきますが、基礎疾患を抱えている人はそれまでの期間に血栓症による合併症への注意が必要です。とりわけ、動脈硬化、高血圧、脂質異常症、不整脈といった心臓や血管に関係する基礎疾患がある人は、血栓症による合併症を起こすリスクが高くなります。

 これといった基礎疾患がなく、健康な人はそこまで神経質になる必要はありませんが、動脈硬化や高血圧といった生活習慣病の“素養”があるものの、症状が表に出ていないため自分では気づいていない人もいます。ですから、新型コロナに感染したら、たとえ軽症でも症状が治まってから1カ月くらいは心臓の異変を見逃さないように意識したほうがいいでしょう。症状が改善しても、体の総合的な抵抗力や治癒力は元に戻っていないと認識し、異変があればすぐに医療機関を受診してください。とりわけ持続する胸痛がある場合は、まれなケースですがウイルス感染による心筋炎を発症している可能性もあります。

 新型コロナ感染初期にSARS重症肺炎を起こす状況は報道されてきましたが、現在のような軽症感染後に見られる後遺症としての重症疾患発生については詳細な統計が得られにくく、まだ明らかになっていません。いつ誰が感染してもおかしくない状況だからこそ、新型コロナ感染が血栓症の後遺症リスクを高めることをあらためて知っておきましょう。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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