名医が答える病気と体の悩み

認知症の患者は身近な人から忘れてしまうのは本当なのか

昔の記憶は残っているが
昔の記憶は残っているが

 認知症による物忘れには順番があります。それも、認知症の種類によって異なります。

 全体の約67%を占める「アルツハイマー型認知症」であれば、まずは物忘れと呼ばれる記憶障害から、自分がいる場所や日時が分からなくなる見当識障害に移行します。その後、判断力や理解力が低下し、身の回りのことを自分でできなくなるうえ、意思疎通が難しくなっていきます。その人が誰かを識別する能力は、意思疎通ができなくなって寝たきりになる前の最後の段階まで、残っていることが多いと考えられています。

 アルツハイマー型の場合、アミロイドβといったタンパク質が脳に沈着し、脳が萎縮することで神経細胞の障害が引き起こされます。初期段階では、アミロイドβが短期記憶をつかさどる「海馬」からたまっていくため、最初に新しいことが覚えられない症状が出てきます。その後、アミロイドβは昔の記憶を保管している大脳にたまっていきます。

 ですから、古い記憶やよく知っている人の認識はある程度、最後まで残ります。

 一方で、早期に人を認識できなくなって、身近な人を忘れてしまうのが「レビー小体型認知症」といわれています。

 全体の4.3%と割合こそ少ないですが、脳にレビー小体というタンパク質が蓄積し、塊ができることで神経障害が引き起こされます。主に運動、思考や記憶に関する領域に影響を与えることが分かっていて、運動でいえば睡眠困難や体の平衡をとれないなどの症状がみられます。さらに、記憶混乱や記憶喪失などの認知の問題が起こるので、凶暴になったり、怒りっぽくなって認知症と判明するケースが多いです。

 レビー小体は、人の名前や人を認識する能力をつかさどる脳の領域にたまって障害を与えます。そのため、「あなた誰?」と言われて、「息子だよ」と怒って返答してしまっても患者さんを怒らせてしまいます。介護する側にとっては、忘れられてしまってつらい思いをする方も多い認知症です。

 いずれにしても、認知症によって人を識別する能力が衰えると、新しい記憶であるほど忘れてしまいます。昔の記憶は最後まで残るので、若い頃の夫や妻のイメージは思い浮かべることができます。

 そのため、息子や娘を配偶者と間違えるケースが多いのです。成長して大人になった子供のことは分からなくなるし、年老いた現在の配偶者のことも「見たことがない人」になってしまいます。身近な人の一番最近の姿が分からなくなるともいえます。

▽森川髙司(もりかわ・たかし) 奈良県立医科大学卒業、奈良県立医科大学付属病院で臨床研修医(第2内科)。その後、吉野病院、田北病院内科医長、向山病院副院長などを経て、兵庫県尼崎市に医療法人煌仁会 森川内科クリニックを設立。現在、産業医や校医も務める。

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