上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

トラブルを防ぐためにあらためて「薬の適切な処方」を見直したい

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 医療は年々、進歩を遂げています。診断や治療機器は急速に進化していますし、よく効く薬も続々と開発されています。それに伴い、より質が高く、患者さんの負担が少ない治療が行われています。しかし、だからこそ「適切な医療」をもう一度見直すべきだと考えています。

 中でも強くそう感じるのは「薬の処方」についてです。近年、大きな問題とされているのが「多剤処方」と「長期処方」です。高齢化が進んで慢性疾患を抱える患者さんが増えたことで、複数の薬を大量に処方される患者さんが増えています。厚労省の調査でも、65~74歳の15%、75歳以上では26%が7つ以上の薬を処方されていることがわかっています。

 さらに、本来であれば担当医の診断の下、1カ月に1回ペースで処方されていたような薬を、いっぺんに3カ月分もらうといったケースも増えました。コロナ禍で受診を控える人が多くなったこともその傾向に拍車をかけています。

 多剤処方と長期処方が増えれば、それだけ薬の副作用による健康被害が生じるリスクがアップします。また無駄な薬が処方されるケースがあれば、無駄な医療費もかさみます。そうした懸念から、いまの保険診療では、医療機関が一度に7種類以上の内服薬を処方した場合、“ペナルティー”として処方料が減算されるようになりました。しかし、それでもお構いなしにたくさんの薬を処方する医師はいますし、いくつも薬を処方してもらいたがる患者さんは少なくありません。

 先ほどもお話ししましたが、服用している薬の種類が多くなれば、副作用が現れるリスクは上がります。6種類以上の薬を飲んでいる人は副作用の発現率が10%を超え、有害事象が起こりやすくなるという報告もあります。薬の飲み合わせや作用の重複による効きすぎで健康を損なう可能性も高くなります。

 そのうえ、それが長期処方となれば、さらにリスクはアップすると考えられます。現在、長期処方が許されている薬は、長期の使用でも安全性が認められている薬に限られます。しかし、その中でも比較的新しい薬や、患者さんがそれまであまり使った経験がないような薬が、いきなり2~3カ月分処方された場合、その患者さん固有の副作用が生じる危険があるのです。そうした副作用が出たとき、患者さんが自分で薬を中止する判断ができればよいのですが、多剤処方でたくさんの薬を使っていると、どれが原因になっているのかはそうそうわかりません。

■薬が適量かどうかは血液検査でわかる

 このような薬による有害事象が起こらないようにするため、本来、新規の病態に対する薬の処方は、まず2週間分を出し、それが終了した時点で一度検査を行って問題がなければ次は1カ月分を処方、それを3カ月間ほど続けて効果が出ているかどうか、問題がないかどうかを確認してから、2カ月分、3カ月分の長期処方に延ばしていくのが正しい手順です。

 しかし、多忙な医療機関などでは、そうした手続きを踏まずにいきなりドンと長期で処方されるケースも少なくありません。

 ですから、もしもそうした適切ではない長期処方があった場合、患者さんの側から拒否してもらいたいと思っています。「まずは2週間後に検査してください」「また1カ月後に来るので診てください」といったように、医療者側に“正しい処方の手順”を提案してほしいのです。

 薬の副作用はさまざまな事象から判断できますが、いちばんシンプルによくわかるのは血液検査です。薬が適量かどうかは血液中の濃度を測定して知ることができます。高濃度だと有害な副作用を示す抗不整脈剤や抗がん剤の一部などは、血中濃度測定が保険適用になっていて必須ですし、薬によって肝機能や腎機能といったさまざまなバイオマーカーの数字も変化します。

 薬物治療では、それらを定期的に診てもらいながら続けていくことが大切です。定期的な検査や診察を受け、薬の効果、病状の変化、副作用の状態をチェックし、それに応じて薬の種類や数を変更するなどの調整を行うのです。飲む必要がなくなった薬を減らす場合もあります。いまの薬は昔と比べるとよく効くようになっていますが、その分、副作用も強い傾向があるので、なおさら適切な管理が必要といえるでしょう。

 薬物治療における最大のトラブルは「薬害」です。薬害が起こった際、薬を処方する医療者側の問題が大きいのはたしかですが、患者さん側にも一定の責任が存在します。仮にトラブルが起こっても、医療者側に100%責任があるとは認められないケースがほとんどです。それをしっかり理解しておくべきです。

 一般的に多剤処方する医師は、新しい薬をそのまま追加しがちですが、本当はそれまで使っていた薬を削ったうえで変更するべきなのです。患者さん側も安易に自分の希望で薬を処方してもらうことは避けましょう。

 あらためて適切な薬の処方を見直すことが、自身の健康を守り、医療費の無駄を減らすことにつながります。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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