会社員の「テレワークうつ」が増えている…現場に立つ産業医が警鐘

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 新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、オフィスに出社することなく在宅で仕事をこなすテレワークが急速に普及した。満員電車に長時間揺られる通勤の負担が減った、身支度のために早起きしなくても済むといった歓迎の声も聞かれるが、一方では「テレワークうつ」といわれる心身症状が増えているという。産業医・精神科医として首都圏の約20社で社員のストレスケアに携わる奥田弘美氏に詳しく聞いた。

 東京商工会議所の調査によると、2022年5月の東京23区におけるテレワークの実施率は中小企業で29.7%、従業員数301人以上の比較的大きな企業では57.6%に上る。ピーク時よりは減ってきているが、部署ごとや交代制など今後もさまざまな形で実施され、テレワークがさらに定着するのは間違いない。

 そうしたテレワークの普及が進むにつれ、新たな課題として浮上しているのが「テレワークうつ」だ。医学的な病名ではないが、テレワークというこれまでとは異なる業務形態が要因となって、うつで見られるような心身の不調が現れる会社員が増えているという。

「テレワークでは自宅にこもりがちになり、職場と違って直接的な人と人とのコミュニケーションが不足します。そのため孤独を感じ、ネガティブな感情をため込んでしまいやすくなるのです。奥さんや子供などの家族がいないひとり暮らしの場合、その傾向がさらに強くなるといえます。何かあっても誰にも相談できず、ストレスが蓄積されて不眠に陥るなどして、心身の不調を招いてしまうのです」

 また、テレワークはパソコン、メール、チャット、電話などを使っていつでもどこでも仕事ができるという側面があり、長時間労働につながりやすい。

「いわゆる『オン』と『オフ』が切り替えにくい環境なので、オンのまま過緊張の状態がずっと続きやすくなります。とりわけIT系のエンジニアなどはその傾向が強く、『仕事のことがずっと気になって頭から離れない』という状態からそのまま眠れなくなり、やる気の喪失、常に落ち着かずにイライラする、食欲が湧かない、倦怠感、頭痛、微熱が続くといったうつ症状が心身に現れるケースがあるのです。実際、症状が悪化して休職になったり、治療が必要になる人もいます」

■運動不足も一因に

 さらに、テレワークによる「運動不足」も、うつ症状を招く要因になる。テレワークでは、通勤や外回りといった、歩いて移動する行動がなくなるうえ、ずっと自宅にいて座りっぱなしで仕事をしている時間も増える。これまで無意識に体を動かしていた機会が減り、日常的な運動量が少なくなってしまう。実際、アジャイルウェアの調査では、7割以上の会社員がテレワークで運動不足になったと実感していた。

 日頃の運動はストレスをやわらげ、うつ病のリスクを減らすことがわかっている。英ケンブリッジ大学の研究者らが、合計19万1130人の成人を対象に3年以上追跡した15の研究のデータを分析したところ、身体活動の推奨量(8.8mMET時/週)を満たす運動をすると、うつ病の発症を約12%抑制できると推計された。身体活動を行っていない人に比べて、推奨量の半分(4.4mMET時/週)でもうつ病のリスクは18%低かった。

「運動すると全身の血流が増加して脳の血液循環も改善され、うつ病のリスクが抑制される可能性があると考えられています。また、心のバランスを整える神経伝達物質のセロトニンは有酸素運動で分泌が促進されるので、適度な運動を続けることがうつ病の改善や予防につながるとの報告もあります」

 テレワークうつを防ぐには、コミュニケーション不足、オン・オフの切り替え、運動不足を解消するように意識することが大切だ。

「たとえば、仕事をする部屋をきちんと決めて、その日の業務が終わったらその部屋には入らないようにしたり、仕事のメールはなるべくチェックしないことを心がけ、仕事の後は毎日、外に出て買い物がてら20分くらい歩くのもいいでしょう。会社に申し出てテレワークの回数を減らしてもらったり、意識的に対面で人と接する機会をつくるのも一案です」

 テレワークで新型コロナ感染のリスクを減らせたとしても、うつ症状を招いてしまったら本末転倒だ。

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