字を書くとき、その人だけの「筆跡」があります。長年書き続けてきたことで文字に癖が表れ、筆跡は構築されていくわけですが、実は、「文章」も同じだということをご存じでしょうか? しかも、これは手書きに限った話ではありません。
私たちの生活に欠かせないパソコンやスマホといったデジタル機器での文書作成は、なんとなく体裁が整っていることもあり、個性が消えているように感じます。しかし、手書きよりも、デジタル機器で作成した文書の方が、人となりが表れやすいのです。言語学と法学を専門とする私からすれば、インターネットやSNS上で他者になりすますことは不可能です。
たとえば、他者のLINEアカウントから本人になりすましてメッセージを送ったり、インターネットの掲示板で他人のふりをして書き込んだりしたとしても、専門家は「これは本人ではない」と見破ります。
昨今はスマホやSNSの普及によって、筆跡を偽るようにメールやメッセージアプリ上で、他者が本人を装うことも珍しくありません。実際、そういった行為が刑事事件、民事事件でしばしば争点になっており、私たちのような言語学者に、本人か否かの鑑定を依頼するケースが増えているほどです。
では、どのようにして見破るのか──。先述したように、文章にも癖があるからこそ、バレてしまうのです。句読点のタイミングや助詞の使い方などには、それぞれに個性があります。我々の世界では、「文章の指紋」と呼んでいるのですが、個人の文章の特徴を集め、アルゴリズムやビッグデータ解析などによって、その人にしかない特徴を浮き彫りにすることができるのです。人の文章を見返してみると、「人となり」ならぬ「文字となり」のような個性があるんですね。
また、日本語は「ひらがな」「カタカナ」「漢字」「アルファベット」を使い分ける言語ですから、その組み合わせにとても個性が出やすい。デジタルで作られた文章だからこそ、手書きより条件が安定しているため、解析がしやすいのです。
皆さんも、メールやメッセージアプリを通じて、「この人はやたらと絵文字を使うな」「フランクな文面が多いな」といった印象を抱くと思います。それゆえ、その人を真似やすいと考えるのですが、ビッグデータ解析を通すと、高い精度で本人ではないという差異が現出します。
子どもを装って漢字の部分を意図的にひらがなに変えても、助詞の使い方などを統計的に吟味すると、本人となりすましの差が発覚してしまうのです。また、「匿名性が高いほど人は雄弁になる」という科学的エビデンスもあるくらいですから、匿名だからこそ調子に乗ってあれこれと書いてしまう人は少なくありません。
すぐ廃棄できる手書きのメモと違い、LINEなどのメッセージは文章がデジタル上に残ります。消去しても、回復できる場合もあります。
IPアドレスと同じく、「文章の指紋」という言葉がより浸透して、「インターネット上でも完全な匿名やなりすましはありえない」という認識が広まる日は、そう遠くないことを覚えておいてください。
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