Dr.中川 がんサバイバーの知恵

TBS向井政生アナが他界…唾液腺がんは顔面神経の再建が重要

TBSの向井政生アナ
TBSの向井政生アナ

 TBSアナウンサーの向井政生さんが先月21日、顎下腺がんで亡くなったと報じられました。一般の方には耳慣れない病名でしょうが、今回はこのがんについて。

 顎下腺とは、唾液を分泌する唾液腺のひとつ。耳下腺、舌下腺と並んで大きく3つあり、その顎下腺にできた腫瘍が顎下腺がんです。年間の罹患数は3つ合わせても1000人未満。そのうち6~7割は耳下腺がんで、残りの2~3割が顎下腺がんです。舌下腺がんは、せいぜい2~3%と、希少がんでも極めてまれです。

 報道によると、向井さんは2019年11月にがんを切除し、翌20年1月に放射線治療を受けたといいます。放射線の副作用で活舌が悪くなり、高音が出にくくなったといいますから、アナウンサーにはつらかったかもしれません。

 顎下腺では顎の下、耳下腺では耳の下の腫れが典型的な初期症状で、舌下腺がんでは舌の下面より前が腫れてきます。いずれも最初のうちは痛みがなく、首のリンパ節が腫れることもよくあります。

 毎朝、顔を洗うときなどに鏡で首から顎をチェックしたり、触ったりすると早期発見につながります。口の中を鏡で見ることも大切です。舌下腺がんでは、粘膜が汚れているように見えることがあります。

 このがんが厄介なのはまず病理組織が20種類以上と多いこと。多くのがんでは手術前に腫瘍の一部を採取して悪性度を調べますが、このがんでは手術で摘出した腫瘍を調べないと病理診断ができないのです。

 低悪性度だと5年生存率は85%以上で、中悪性度だと同50~85%。高悪性度では同50%を下回りますから、悪性度の違いが予後に大きく影響します。

 もうひとつは、がんができる部位の近くには、顔面神経や舌下神経、舌神経などが走っている点です。がんがそれらの神経に浸潤すると、目を閉じにくい、口角が下がる、舌を動かしにくいといった症状が現れますし、治療の中心である手術ではいかに神経の損傷を防ぐかがとても重要になります。

 神経を切除せざるを得ないケースなどでは、形成外科と連携した再建が不可欠です。目や口などの機能はもちろん、見た目の影響も大きな部分ですから、このがんの治療に慣れた医療機関で治療を受けることが大切になります。

 向井さんのご冥福をお祈りします。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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