難聴は認知症の大きなリスク 会話が聞き取りにくくなったら「人工内耳」も検討を

音が聞こえづらいと感じたら…
音が聞こえづらいと感じたら…

 世界保健機関(WHO)は、2050年にイヤホンによる過大音量で世界の若者のうち11億人が音響性難聴になるリスクがあると警鐘を鳴らしている。難聴を放置すると認知症のリスクが上昇するとの報告があるだけに治療は重要だ。近年は、難聴の治療法として「人工内耳」の手術件数が増えているという。愛媛大学医学系研究科耳鼻咽喉科・頭頚部外科教授の羽藤直人氏に聞いた。

 25デシベル以上の音を適切に聞き取れない(小さい声が聞き取りにくい)場合、難聴とされる。内耳に障害がある「感音難聴」と、外耳と中耳に障害があって音が聞こえづらい「伝音難聴」がある。これらが合わさったものは「混合性難聴」と呼ぶ。

 難聴の早期の段階ではまず補聴器を装用し、聞こえに改善効果があるかどうかを見る。しかし、補聴器を装用しても大声で耳元に口を近づけないと聞き取りにくい高度感音難聴の場合、人工内耳の手術が検討される。

 高齢者が対象になるケースも増えてきている。

「高齢者の難聴は徐々に進行することから、聞こえない状態に慣れ、受診を後回しにする人が多く、実際、聞こえにくいといった自覚症状があるにもかかわらず、医療機関を受診する人の割合は42%と、かなり少ない。また、補聴器が通常全額自己負担で高額なことが、補聴器装用の大きなハードルになっています。そうした理由から放置した結果、難聴が進行して補聴器では十分な聞こえを維持できず、人工内耳手術になるケースも多いのです。人工内耳を使えば、補聴器でも聞こえなくなった方も、普通に会話ができるようになることが多いです」

 成人の場合、両耳ともに70デシベル以上の音が聞き取りにくい高度・重度難聴であることに加え、補聴器の装用効果が乏しい場合に人工内耳の適応となる。小児では、原則体重8キロ以上の1歳児から手術が可能とされている。どちらも両耳とも裸耳での聴力検査で平均聴力レベルが90デシベル以上であれば、適応となる。

 人工内耳とは、障害がある内耳に代わって音を電気信号に変換させる機器である。蝸牛内部にあるラセン神経節細胞を刺激することで聴神経を通して音を脳に伝え、聞こえるようにする仕組みだ。手術で体内に植え込む「インプラント」と、音をマイクで拾い、インプラントへ送る「サウンドプロセッサー」から構成される。

「人工内耳のインプラントは一度入れたら故障しない限り、生涯取り換える必要がありません。不慮の事故などで大きな衝撃を受けない限り、入れ替えるケースはほとんどありません。サウンドプロセッサーは5~10年で替えることが多いですが、健康保険の適用であるため自己負担額は少なく済みます」

 また、近年では機械の改良によってこれまで受けられなかったMRI検査も可能になり、専用の防水カバーをサウンドプロセッサーに装着することで、プールや温泉での装着も可能になっている。

■日本では年間1000人以上が手術

 愛媛大学医学部付属病院では年間30件ほどの人工内耳の装着手術を行っており、そのうち半数が1歳前後の小児だ。現在、日本では年間1000人以上の難聴者が人工内耳のインプラント手術を受けていて、その総数は1万3000人以上に上るとされている。

「ここ20年で人工内耳の適応を適切に診断し手術できる施設が増え、人工内耳が難聴に有効であるとの認識が医療者や国民に広まったことで、人工内耳の手術を受ける人が増加しています。しかし、欧米先進国に比べ日本は3分の1と、手術件数がまだまだ少ない現状です。自国メーカーを有するオーストラリアでは、日本の8倍の人が人工内耳の手術を受けています。日本製の人工内耳がないことが、国内で手術件数が増加しない一因になっていると考えられます」

 手術時間はおよそ2~3時間で、入院期間は5~7日ほど。手術から1~3週間後にサウンドプロセッサーを装着し、初めて音が入るようになる。ただし、サウンドプロセッサーを装着したからといってすぐに言葉や音楽が聞こえるわけではなく、数カ月かけてリハビリテーションを行いながら、音に慣れていく必要があるという。

「生まれてから一度も音を聞いたことがない幼児の場合、耳から入ってくる音と言葉を一致させる訓練をします。音の強さや高さなどをコンピューターとサウンドプロセッサーをつないで調整し、微修正を繰り返しながら聞こえやすくします。成人は慣れれば半年に1回程度ですが、幼児は頻回に通う必要があり、多い人で週に1回通って言語習得の遅れを取り戻していきます。大体手術の1年後からしゃべり始めることができます。これを幼児期の間続けることで、小学校入学までには健聴者の言語習得に追い付くことができます」

 近年、難聴は認知症の予防可能な最大の要因であることが分かってきた。音が聞こえづらいと感じたら補聴器相談医が在籍する耳鼻咽喉科を受診することだ。

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