「食べる時間と健康」何がわかり、何が未解決なのか? 時間栄養学の第一人者が語る

早稲田大学先進理工学部の柴田重信教授
早稲田大学先進理工学部の柴田重信教授(提供写真)

 同じ人が同じもの、同じ量を食べても「いつ食べたか」によって太りやすくなったり、痩せやすくなったりする。これは2017年にノーベル生理学・医学賞を受賞して注目された「時計遺伝子」が関係する。時間栄養学はこの時計遺伝子の発現によって働く体内時計と食行動や栄養との関係を明らかにする学問であり、早稲田大学先進理工学部の柴田重信教授はその分野での日本の第一人者である。その柴田教授が3月末に早稲田大学を退官されるという。3月4日(土)早稲田大学先端生命医科学センターで行われる最終講義を前に改めて時間栄養学の意義と残された課題と今後について語ってもらった。

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「時間栄養学とは食行動と、それによって体内で起こる時間帯別の生理反応、分子生物学的変化を研究する学問です。ヒトの体の中には、脳の時間栄養学の研究が進むと、糖尿病や慢性腎臓病などの病気の治療や予防、運動機能のリハビリや寝たきりの予防などに貢献できると考えています」

 ヒトの体の中には複数の体内時計の仕組みが備わっている。主時計は視交叉上核にあり、ここの神経を壊すと、覚醒・睡眠のほか、活動、体温のリズムなど一日の周期リズムがなくなることがわかっている。このほかに、視交叉上核以外の脳にある脳時計、肝臓や肺や腎臓などにある末梢時計が存在し、主時計を補完する働きがあることがわかっている。こうした体内時計の動きに従って栄養を取れば、より効率的に体内に栄養を吸収して筋肉などを合成することができる。

「例えば、高齢者は握力や下肢、体幹など全身の筋肉が衰えて、歩くスピードが遅くなり手すりや杖が必要となっていきます。いわゆるサルコペニアの状態です。それが進むと寝たきりになったり、認知症が進みます。その原因は主に加齢ですが、食事の量や内容も関係していて、特に筋肉のもととなる動物性タンパク質を食べる量が減るからだといわれています」

■「BCAA」は朝に食べると効果的

 では、いつ、どんなタンパク質を取ればいいのか? 柴田教授らの研究グループは1日2回(起床後と就寝前)食事を与えるマウスを使って実験を行い、筋肉増強に関係するアミノ酸である分岐鎖アミノ酸を「朝」に多く摂取する方が筋肉がつきやすいことを報告している。

「私たちの体の筋肉や骨はタンパク質でできていますが、それを構成しているのは20種類のアミノ酸。そのうち9種類は必須アミノ酸と呼ばれ、体内では合成できないアミノ酸です。このうち、『バリン、ロイシン、イソロイシン』の3種類を分岐鎖アミノ酸(BCAA)と言います。哺乳類に必要な40%を占め、筋タンパク質中の必須アミノ酸の35%を占めるといわれています。研究ではBCAAを夜より朝に多く摂取したマウスの筋肉量が増加しました。また、他のアミノ酸ではそうした差は見られませんでした」

 さらに高齢女性を対象にした、3食のタンパク質の摂取量と骨格筋量との関係を探る調査でも、朝食で多くのタンパク質を摂取している人は骨格筋指数(全身の筋肉量を身長の2乗で割った値)や握力が高いこと、それは朝食でのタンパク質の摂取量と相関関係にあることなどを報告している。

「BCAAが多く含まれている食品は、マグロ、カツオ、アジ、サンマ、牛肉、鶏肉、卵、大豆などです。まだ観察研究の段階で断定はできませんが、こうした食品を朝に取ることがサルコペニアを予防し、寝たきりを防ぐことにつながるのでないか、と考えています」

 ほかにもさまざまな栄養素の摂取と時計遺伝子との関係が明らかになっている。魚油に豊富に含まれるDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)といった脂質は、体内では合成できない必須脂肪酸で、中性脂肪の低下や抗血液凝集作用、抗炎症作用があり、脳梗塞や心筋梗塞などのほか認知症予防やがん予防などにも効果があることが報告されている。

「そのDHAやEPAはさまざまな体内時計のメカニズムから、夜よりも朝食べた方が効果があるだけでなく、体内時計に作用することで体を夜型から朝型へ促すこともわかっています」

■最終講義

 柴田教授の「時間栄養学の過去・現在・未来」をテーマにした最終講義は3月4日(土)午前10時15分から1時間の日程で行われる。学生や関係者はもちろん、一般の人も無料で参加できる。

 興味のある人は2023年3月4日(土)早稲田大学先端生命医科学センター3Fセミナールーム1-3に足を運んでみるのもいいかもしれない。

 詳細はホームページ(https://www.waseda.jp/top/news/86249)で。

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