医療未来学者が語る 5大国民病のこれから

診断支援アプリとウエアラブル機器が脳梗塞の治療や予防を変える

超急性期の治療が不可欠
超急性期の治療が不可欠

 脳卒中とは脳血管に障害が起こる病気の総称で、代表的なものに脳の血管が詰まる脳梗塞と、脳血管が破れる脳出血、くも膜下出血がある。このうち65%を脳梗塞が占め、その主な原因は高血圧で喫煙や飲酒などの生活習慣に関わるといわれている。その診断と治療は今後どう変わるのか?医療未来学者である奥真也医師に聞いた。

「脳梗塞は認知症関連疾患に次いで要介護になる確率の高い疾患です。要介護を回避するには脳のダメージが少ない超急性期の治療が不可欠です。そのためには、非専門医による治療がどこまで拡大できるか、が課題で今後はそれがクリアされていくでしょう」

 現在、脳梗塞は発症から4.5時間以内にt-PA血栓溶解剤を投与することが重要だとされている。脳へのダメージが少なく、介護になる率が低いからだ。その一方で、投与後に脳内出血を起こす場合もあり、投与には頭部CTあるいはMRIといった画像検査や専門医が必要とされてきた。そのため、この治療法ができる地域にはばらつきがあった。

「2019年施行の『健康寿命の延伸等を図るための脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法』の下で整備が進められている一次脳卒中センターの運営には、必ずしも常勤専門医の立ち会いやMRI検査が求められているわけではありません。つまり、今も非専門医でもt-PA血栓溶解剤を投与する道を閉ざしているわけではないのです。専門医不足を考えれば、今後はその流れが強まると思われます。ただし、t-PA血栓溶解剤による治療は非専門医には難しい面もあるため、脳卒中診断を補助するための人工知能(AI)や画像診断支援といった技術開発が進むと考えられます」

 すでに、スマホを使った支援アプリが開発されているほか、頭部CTについてはX線を通しにくい高信号領域と、通しやすい低信号領域を強調することで脳の出血や虚血を見分けやすくするソフトが開発・実用化されている。

 むろん、脳梗塞は起こさないことが重要だ。ウエアラブル機器により、脳梗塞を起こす可能性が高い心房細動を検知してアラートを発するシステムが開発され、将来は脳梗塞の発症予防に力を発揮するものと期待されている。

「米国のスタンフォード大学は、19年にアップルウオッチが不整脈の一種である心房細動を検知するのに役立つとする内容の論文を、世界的な医療雑誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』に掲載して話題になりました。心房細動は、心臓の心房部分が不規則な電気信号によって震えるように動くもので、胸の痛みなどと共に血栓ができやすいことが知られています。そのため、脳梗塞の3分の1は心房細動が関係するといわれています。手首の血流量を使って心拍数を計測するアップルウオッチを使うことで、心拍に異常がないか、不整脈が出ていないかを調べるというものです」

 日本では21年から同様な実証実験がスタートしている。静岡県内の被験者に通常の心電図検査を受けてもらい、AI解析によって隠れ心房細動の有無を予想。そのうえでリストバンド型脈波センサーや1チャンネル心電図モニターといったウエアラブル機器を用いて脈拍や心拍の遠隔モニタリングを行い、AIによる自動検出により心房細動を発見するというものだ。

「脳梗塞の再発防止のための抗凝固剤などの薬剤も、どのタイプの人にどの薬が効くのか、などの研究も進んでおり、脳梗塞の発症数はもちろん、介護が必要となる重度の脳梗塞の数も将来は抑えられるのではないでしょうか」

奥真也

奥真也

1962年大阪生まれ。東大医学部卒業後、フランス留学を経て埼玉医科大学総合医療センター放射線科准教授、会津大学教授などを務める。その後、製薬会社、薬事コンサルティング会社、医療機器メーカーに勤務。著書に中高生向けの「未来の医療で働くあなたへ」(河出書房新社)、「人は死ねない」(晶文社)など。

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