上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

薬のプラスアルファの効果が日本人の健康寿命に関係している

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 前回、尿酸値と心房細動を含む心臓疾患は深く関係していて、心臓を守るためには尿酸値をきちんとコントロールすることが大切だとお話ししました。そのために、尿酸値を下げる薬をうまく使うこともおすすめしました。その際、尿酸生成抑制薬の“おまけ”の効果についても触れました。尿酸値を下げるだけでなく、老化防止や心筋保護作用があると報告されているのです。

 日本で使われている薬は原疾患に対してよく効くものが多いうえに、健康にとって“おせっかい”なプラス効果があるものも少なくありません。尿酸生成抑制薬以外にも、最近は「メトホルミン」「SGLT2阻害薬」「DPP-4阻害薬」「スタチン」といった薬のプラス効果が明らかになっています。

 メトホルミンは糖尿病治療薬として広く使われている経口薬で、インスリン感受性を高めて血糖を下げる作用があります。このメトホルミンを使って血糖コントロールしている場合、心血管疾患の発症リスクを抑制する効果があると国内外で報告されているのです。また、2型糖尿病患者でメトホルミン使用者のがん発症率が低かったという報告もありました。

 SGLT2阻害薬も糖尿病治療のために開発された薬で、血液中に余った糖を尿と一緒に排出させることで血糖を下げる効果があります。

 以前から、臓器保護作用が指摘されていて、近年は慢性腎臓病や心不全の治療薬として有効なのではないかという期待が高まっています。実際、日本では糖尿病を合併しない慢性腎臓病に対しての使用が認められています。

 また米国の「心不全診療ガイドライン2022年版」では、心不全の薬物治療としてSGLT2阻害薬の使用が「推奨」されているほどです。

 DPP-4阻害薬も同じく糖尿病治療薬です。インスリンの分泌を増加させる作用を持つインクレチンというホルモンの一種「GLP-1」を分解する酵素(DPP-4)の働きを妨げることで血糖を降下させます。これも血糖コントロール以外に多面的な血管・臓器の保護作用が報告され、血管内皮機能の改善や糖尿病性腎症の進行を抑える一種の老化防止につながる効果が指摘されています。

 スタチンは高コレステロール血症の治療に広く用いられる薬で、体内でのコレステロール合成を抑制します。日本の遠藤章医師が発見して開発されました。コレステロール値を下げるだけでなく、血管内皮機能改善、心筋保護、抗炎症、骨形成促進、免疫抑制といったさまざまな作用を持つとの報告があり、動脈硬化や腎機能低下を抑制させると期待されています。また、外国では大腸がん発生抑制効果や女性特有の乳がんや子宮体がん発症率の低下に関与しているというデータも報告されています。

 こうした薬は、日本では原疾患に対する治療でなければ保険適用では処方できません。ですから、原疾患がある人が医師から薬の服用を打診されたときは、素直に飲んだほうが持病を抱えていながらも全体的な健康寿命を延ばすことにつながるといえるでしょう。アメリカ人の平均寿命に比べ、日本人の平均寿命が長いのも、じつはそうした日本で使われている薬の影響が一因ではないかと私は考えています。持病に対して薬が効いているだけではなく、その薬が持っているプラスアルファの作用が健康寿命に貢献しているのです。

■歯磨き剤も貢献している可能性

 日本人の健康寿命の延長には、そうした薬だけではなく、日常の健康管理の“副産物”も関係していると考えられます。たとえば、歯磨き剤です。昭和の終わり頃からフッ素などの成分が添加されるようになりました。フッ素には、歯を溶けにくくして歯質を強化する効果や、歯の再石灰化を促して虫歯を予防する働きがあります。そうした成分が含まれる歯磨き剤を長期的かつ日常的に使用することにより、高齢になっても自分の歯が多く残っている人が増えたと推察されます。

 65歳以上の日本人2万人以上を対象に4年間追跡した調査によると、残っている歯の本数が少ない人ほど寿命が短くなることがわかっています。また、歯が多く残っている人は認知症の発症リスクが低いという報告もあります。自分の歯をたくさん残すことが健康寿命の延長につながるわけです。

 残っている歯の本数と歯磨き剤の使用がどこまで関係しているのか、前向きな大規模研究は行われていないのではっきりしたことはわかりません。ただ、医療者の経験や感覚から、質の高い歯磨き剤を使っている人のほうで歯が多く残っていて、健康的に長生きしているという推測が成り立ちます。まさに、日頃の健康管理の“副産物”が健康長寿につながる一例といえます。

 薬も含めた常用するヘルスケア製品や食品をうまく活用することが、健康寿命を延ばす大きな要因になるといえるでしょう。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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