Dr.中川 がんサバイバーの知恵

「つらい。もう、逝かせてくれ」坂本龍一さんの闘病生活が伝える教訓

坂本龍一さん
坂本龍一さん(C)日刊ゲンダイ

 音楽家坂本龍一さんの訃報は、世界中を涙で濡らしています。享年71。私も大好きだっただけに、残念でなりません。しかし、その闘病ぶりは、がん専門医の私から見てとても示唆に富んでいます。

 坂本さんは2014年に中咽頭がんを患い、放射線治療で寛解。6年後の20年、中咽頭がんとは別にステージ4の直腸がんが見つかり、治療しなければ「余命半年」と宣告されたことを公表しています。直腸がんはすでに肝臓とリンパ節に転移していて、これらを切除し、その後新たに両肺の転移巣も切除したといいます。

 死因は公表されていませんが、進行した直腸がんが悲劇を招いたのでしょう。一部では亡くなる1、2日前には家族や医師に「つらい。もう逝かせてくれ」と漏らしたそうですから、痛みを取り除く緩和ケアも不十分だったとみられます。

 早期発見と治療の可能性でがんを分類すると、①放置してもよいタイプ②早期発見で死亡率の低下が証明されているがん③早期発見がそもそも難しいタイプの3つに分けられます。直腸がんを含む大腸がんは、胃がんと肺がん、乳がん、子宮頚がんと並んで②です。①は前立腺がんや甲状腺がんの多くで、③は膵臓がんや一部の希少がんなどです。つまり、①と②はその人の対応で明暗が分かれ、それで命を落とすのはもったいないでしょう。

 ②の5大がんは、国際的にがん検診が行われています。坂本さんが拠点にしていた米国では、50~64歳は大腸がん対策として10年に1度、無料で大腸内視鏡検査を受けられます。米国はこの内視鏡検査を普及させたことで大腸がんの死亡数が激減。今や日本の死亡数を下回っています。人口は日本が米国の4割以下ですから、米国の予防医学の勝利でしょう。

 坂本さんの直腸がんは診断時にステージ4。ひょっとすると、内視鏡検査を受けていなかったのかもしれません。

 大腸がんは、多くが腺腫と呼ばれるポリープから発生します。内視鏡検査は、ポリープが悪さをしないうちに除去できるのがメリットです。腺腫がなければ、大腸がんのリスクは低く、便潜血検査でよいでしょう。ですから、私は毎年の便潜血検査を受けながら、3年に1回、内視鏡検査を受けています。

 がん専門医の私も、③のがんで命を落とすのは仕方ありません。運が悪かったとあきらめるしかない。しかし、②のがんで死ぬのは、ご免だからこそ、②の5大がんについては検診を必ず受けています。

 大腸がんの5年生存率はステージ4が2割程度ですが、ステージ1は9割を超えますから。偉才の死をムダにしないためにも、ぜひこのことを肝に銘じてください。坂本さんのご冥福をお祈りします。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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