名医が答える病気と体の悩み

認知症の本人が「食べたい」と何度も訴えたら食事を与えてもいいのか

食器をすぐには片付けないのもひとつの手
食器をすぐには片付けないのもひとつの手

 認知症の症状のひとつに、食行動の異常があります。特にアルツハイマー型認知症に多いのが「過食」です。認知機能の低下で記憶障害が起こり、食事した行為そのものを忘れて何度も食べるとされています。

 また、認知症で満腹中枢の働きが低下するのも過食を引き起こす原因です。ご飯を食べると血中の糖質や脂肪、インスリンが増加して脳下垂体にある満腹中枢が刺激されます。これにより、満腹を感じて摂食中枢が抑制されるので、食べる手を止めるようになります。しかし、認知症の方は脳の萎縮により満腹中枢が正常に働かなくなるといわれているので、食べてもお腹が膨れた感覚を得られず、食べ続けてしまうのです。

 認知症の本人が、ご飯を食べたばかりなのに「食事を与えてもらえない」と怒り出すと、家族はイライラしてしまうでしょう。ですが、怒るのは禁物です。認知症が進行しても、その時に感じた感情は残るので、食事を要求した際に家族から「怒られた」という記憶は覚えています。その結果、本人は怒られるのを恐れて、家族が寝ている間に冷蔵庫や棚を漁り食べつくしてしまう「盗食」も引き起こします。

「食べたい」と言われたら、家族は「もう食べたでしょ」と否定せず、本人の気をそらしてください。「今から準備するから待っててね」と声掛けをしたり、音楽をかけて聞いてもらっているうちに、本人は食べたいという意識を忘れてしまうケースが多いです。「食事した」という記憶をできるだけ長く残すために、食事が済んでも食器をすぐには片付けず、そのままの状態で置いておくのもひとつの手です。

 それでも何度も「食べたい」と訴えられて困ったら、1回の食事量を減らして食事の回数を増やしたり、おやつなどの間食を渡すといいでしょう。ただし、食べ過ぎると消化が追いつかず吐いてしまう場合もあるので、量には注意してください。

 ただし、健康面を考慮すると、やはり食べ過ぎは良くありません。過食で体重が増加し膝を痛めてしまうと、動かなくなり寝たきりになる危険性があります。また、糖尿病を併発している人が過食すると、血糖をコントロールできず高血糖になり、動脈硬化などの合併症のリスクも高まります。

 過食による肥満や高血糖を防ぐためにも、家族には、1日30分、一緒に散歩するよう指導を行っています。散歩が難しい場合は、家の中で椅子に座ったまま足を上げる運動を、本人ができる限りの回数で行うのも有効です。

▽森川髙司(もりかわ・たかし) 奈良県立医科大学卒業、奈良県立医科大学付属病院で臨床研修医(第2内科)。その後、吉野病院、田北病院内科医長、向山病院副院長などを経て、兵庫県尼崎市に医療法人煌仁会 森川内科クリニックを設立。現在、産業医や校医も務める。

関連記事