パートナーが発達障害の人「カサンドラ症候群」要注意 不眠や食欲低下を招き、うつリスク増

違和感があっても我慢しているケースが多い
違和感があっても我慢しているケースが多い

 近年、発達障害の認知度が高まる中、自閉症スペクトラム症(ASD)の人とコミュニケーションがうまく取れずトラブルになり、周囲の人の心身に不調が現れる「カサンドラ症候群」という言葉が広まりつつある。放置するとうつ病を発症する危険性がある。「早稲田メンタルクリニック」院長の益田裕介氏に詳しく聞いた。

 ASDとは発達障害のひとつで、こだわりが強く特定の物事に強い興味や関心を持ち、発達障害を持たない定型発達の人とのコミュニケーションに困難が生じるのが特徴だ。ASDのパートナーと円滑なコミュニケーションが取れず日常生活で衝突が生じ、抑うつや無気力といった精神が疲弊した状態を「カサンドラ症候群」と呼ぶ。正式な医学的病名ではないので、「適応障害」や「うつ病」と診断されるケースが多い。ASDの発生頻度は男性が女性の4倍という点から、主にASDの夫と暮らす妻が発症しやすいという。

「近年、ASDの人は定型発達者と比較して、他者の考えを推測する役割を担うミラーニューロン(神経細胞)の働きが弱いと考えられています。妻がASDの夫に悩みを伝えようと試みても共感性の弱さから理解を得られず、何をしても無意味だと感じる『学習性無力感』が募り絶望感や孤独感といった抑うつ状態を引き起こすのです」

 心理的ストレスが重なると、交感神経が過度に働いて食欲低下や不眠につながり、うつ病を発症させるリスクが高まる。

 カサンドラ症候群を発症する人は、パートナーがASDだと分からずに日常でのやりとりに違和感があっても我慢して生活しているケースが多いという。

「たとえば、ASDの人はお金に執着する傾向があり、生活費の支出を1円単位で把握したがります。隣町のスーパーの方が1円安いからそこで買うよう妻に指示しますが、移動時間を考えるとかえって効率が悪い。ですが、ASDの人はこだわりの強さのほか、自分と異なった考えを言われるとパニックに陥るので感情的な会話が難しい。そうしたストレスを抱えたまま生活を続けているとカサンドラ症候群を発症する危険があります」

 また、妻が自身のカサンドラ症候群を自覚するのは出産後が多いという。一般的に、子供が生まれると夫は家族中心の生活に変わるケースが多い。しかし、ASDの夫はこだわりの強さから出産後も独身時代と同じルーティンで生活する。そのため、たとえば妻が「子供が熱を出して大変だ」と伝えても、夫がルーティンを崩されるのが苦手なASDの場合、自分の用事を優先して妻の言葉を無視し、家に帰らない日もしばしばあるという。こうした生活が続いて妻がカサンドラ症候群を発症してしまうのだ。

「逆にASDの夫が子供を分身だと思い込んで過度に支配的になるケースもあります。こだわりが『教育』に向いていた場合、教育熱心になり子供に対して無理難題を押し付けます。思い通りの結果が出ないと子供を執拗に怒り、時には妻に対しても『育て方が悪い』と叱責し、母子共にカサンドラ状態になるケースが少なくありません」

 カサンドラ症候群の症状でクリニックを受診する患者は30~50代の女性がほとんどだという。しかし、カサンドラ症候群の認知度がまだ低い現状から適応障害やうつ病の診断に紛れ、実際の患者数はもっといるのではと懸念されている。

 カサンドラ症候群は医学的な病名ではないので正確な診断方法はない。医師とのカウンセリングで家庭内の状況をヒアリングし、対処法が検討される。

「カサンドラ状態の人に対して、まずはASDのメカニズムや特性を説明し、パートナーの日常生活での言動や行動は性格の悪さや甘えが原因ではないと理解してもらう『心理教育』を行います。当事者同士で悩みを吐き出せる自助会に参加し、孤独感を減らすのも有効です。うつ症状が強い場合には抗うつ薬や、不眠の方には睡眠薬の処方といった対症療法で様子をみています」

■職場カサンドラにも注意

 近年、家庭内だけでなく職場におけるカサンドラも問題視されている。ASDの傾向が高い上司からの言動や行動で思い悩んでいる人は、カサンドラ症候群の可能性があるので気を付けたい。

「上司がASDの場合、作成した資料を提出しても『文字のフォントが違う』『数字を全部半角に直して』などと細かく指示し、自身のこだわりを部下にも強要します。また、発達障害の特性に過集中があり、集中すると時間の感覚を忘れて寝ずに仕事をするので、家に帰らせてもらえない、振られた仕事を断るとクビにすると脅され部下がうつになり退職に追い込まれるケースも少なくありません」

 ASDの特性上、相手の立場に立って物事を考えるのが難しいので、こちらが感情的に伝えても理解や変化を期待するのは非常に困難だという。また、ASDは病気ではないので直接的な治療法もない。自分自身を守るためにも可能であれば部署異動を申請するなど、カサンドラの原因になった人物と物理的に距離を取るのがベターだ。

「カサンドラ症候群の人は抑うつ状態から孤独になり、誰にも相談せず一人で抱え込みがちです。ASDに対する正しい知識を持ち、抑うつのほか、不眠や食欲不振といった症状があれば早期に精神科を受診してください」

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