名医が答える病気と体の悩み

認知症になるとあることないこと「作話」をするのはなぜ?

否定も肯定もしないことが大事
否定も肯定もしないことが大事

 アルツハイマー型認知症を発症すると、「作話」の症状が見られるケースがあります。「息子にお金を盗まれた」「私は日本一の大女優だった」など、作話の内容はさまざまです。この症状は認知症の前段階である軽度認知障害(MCI)~認知症初期の患者さんに現れ、おしゃべりが好きな女性、プライドが高い性格の人に多い印象があります。

 作話が生じる原因は2つ考えられ、1つは物忘れによる取り繕いです。認知症が進行すると、実際に起きた出来事を記憶するのが難しく、失われた記憶を埋めようと事実とは異なる内容を加えて自分にとって都合のいいストーリーを作り上げます。認知症初期の段階では物忘れが自分の弱点だと感じやすい。この弱点を隠そうとして作話を行うのです。

 もう1つは、思い込みからくる妄想です。アルツハイマー型認知症患者さんの約15%に見られる妄想は、実際に起きていない出来事を真実だと思い込んで、あたかも事実かのように周囲に話します。「息子にお金を盗まれた」といった物盗られ妄想も、作話の一種なのです。「お金を盗んだ」と疑われた家族はいい気分はしません。ですが、本人は作話をしている自覚はなく、また作話の内容も記憶力の低下ですぐ忘れてしまいます。

 実際、私が診た患者さんに失禁で汚した服をタンスの奥にしまい込む方がいて、濡れた服を家族が見つけると、本人は「水をこぼしただけ」「洗濯していただけ」と言ったあと、今度は「私じゃない、ヘルパーさんが入れたんじゃない?」と取り繕おうとします。他罰的な態度に、家族は振り回され疲れてしまう。しかし、認知症の方は家族にわざと嫌がらせをしているのではなく、作話を通して記憶障害を補おうと自分自身を守ろうとするのです。

 家族は否定も肯定もしないことが大事です。否定すると本人は不安感や孤独感が増し、認知症の症状がより進行する恐れがあります。「ウソをつかないで」と、責めたり追及するのも厳禁です。その時起きた出来事は記憶できなくても、感じた感情はずっと記憶されます。新しいことを覚えるのは脳の海馬と呼ばれる部位です。この海馬が萎縮するのがアルツハイマー型認知症。具体的に解明されていませんが、感情は海馬と違う場所に保管され、記憶に残り続けると推測されています。

 患者さんが、「お金を盗まれた」と訴えられた場合には、「心配だよね」「悲しいね」と、盗まれたと思い込み不安を感じている点だけに強く同意をしてください。そこで「私は味方だよ」と笑顔で接して、私も一緒に捜すの手伝うよと笑顔で味方アピールをすると、認知症の方は安心して落ち着きます。「昔は大女優だった」のような自慢話には、「そうだったかしらね」と否定もせず肯定もしないことがよいと思います。

 物盗られ妄想などの作話の場合、長く話を聞くと介護者は疲れるでしょう。主治医の先生に相談して安全性が高い抗認知症薬、漢方薬などを処方してもらうのも有効です。

▽榎本睦郎(えのもと・むつお)1992年東京医科大学卒業後、同大大学院入学。99年七沢脳血管リハビリテーションセンター、2001年浴風会病院、02年鶴川サナトリウム病院での勤務を経て、09年に榎本内科クリニックを開院し、院長を務める。著書に「認知症の親へのイラッとする気持ちがスーッと消える本」(永岡書店)など多数。

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