がんと向き合い生きていく

コーヒーとがんの関係…抗がん剤の効果を高めるとの研究も

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 毎朝のコーヒーは、「今日も一日生きる」と思わせてくれる、私にとってまさに“スタート”になっています。睡眠中はあれやこれや夢を見ることが多いのですが、それから朝が来ます。熱いコーヒーはひとつの幸せです。私は牛乳を少し入れますが、妻はブラックのままで2~3杯、毎朝のルーティンです。

 以前は、紙のフィルターにコーヒーの粉を入れ、熱湯をドリップしていましたが、今は小さなカートリッジを、水の入った機械にセットしてボタンを押すと出来上がるものを飲んでいます。

 駅まで向かう道の途中にコーヒー専門店があります。そこでは、店の前を通るだけでかぐわしい匂いがします。たくさんの種類のコーヒー豆があって、それぞれひき方や入れ方があるのだと思います。閉店の日は通り道が匂わないので、なんだか寂しい気がします。

 以前、コーヒーは膵臓がんのリスクになるといわれたことがありました。たいした根拠もないのに、一日に何杯も飲む人には「膵臓がんになるぞ」と話す人もいました。 ちょうどその頃、隣に住んでいたKさんが自宅に誘ってくれ、よくコーヒー豆をミルで砕いて飲ませてくれました。ところがある日、Kさんは某大学病院で膵臓がんと診断され、それから数カ月後にアッという間に亡くなってしまいました。

 Kさんはたしかにコーヒーが好きだったのですが、愛煙家でもありました。Kさんのがんはコーヒーよりも喫煙が関係したのではないかと私は思っています。

■よく飲む人は喫煙者が多いという報告

 がんの原因についていろいろな疫学研究報告がありますが、コーヒーとがんとの関係は否定的と考えていいように思います。ただ、コーヒーをよく飲む人に喫煙者が多いとの報告もあるのが気になりました。むしろ、喫煙や受動喫煙(喫煙者ではなく周りの方への影響)が、いろいろながんのリスクとなっているのはたしかです。

「コーヒーを夜に飲むと眠れなくなる」といわれる方が、私の周りにもたくさんおられます。カフェインの取り過ぎは、中枢神経系の刺激によるめまい、心拍数の増加、興奮などの健康被害をもたらすことがあり、注意喚起されています。

 ずいぶん前のことですが、カフェインが抗がん剤の効果を増強させるのではないか、マウスを用いてがんに対するその効果についての実験を行ったことがありました。結果は、そのような傾向はみられたのですが、臨床的研究までは進めませんでした。

 抗がん剤はがん細胞の遺伝子を損傷させ、がん細胞にダメージを与えますが、DNAを修復させて生き延びる細胞もあるわけです。カフェインはそのDNA修復を阻害し、抗がん剤の効果を高めるのではないか、というのがその理屈です。

 コーヒー以外の飲み物でも、がんのリスクが減るといわれたことがありました。1970年ごろ、「紅茶きのこががんに効く」というブームがあったのです。当時、近所に住んでいた叔母さんが、よくこの話をしていたのを思い出します。しかし、明らかな科学的根拠はなく、たちまち茶の間の話題から消えました。最近は、科学的根拠が重視されるようになったためか、この手のブームはなくなったようです。

 コーヒーというと、学生時代のいろいろな思い出が浮かびます。下宿の近くにコーヒーの店がありました。モーニングサービスでは、コーヒーの他にトーストとハムと目玉焼きがセットで出てきます。アイビールックの似合うリッチな同級生が週に何回もその店に出かけている姿が、とてもまぶしく見えました。

 卒業が近くなった頃、大学のある科の医局に数人の学生がよく出入りしていました。みな、勉強よりも秘書さんが出してくれるコーヒーが目当てだと口にします。でも本当は、コーヒーよりも美人の秘書さんが目当てだったのではないか、私はそう思っていました。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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