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介護はもう無理だと思う…87歳の夫を看る85歳の妻の告白

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 2人で暮らしているある老夫婦がいます。85歳の奥さんは専業主婦、87歳の夫は商事会社を定年退職してからは仕事を持たず、一日中、トイレなどで立つ以外はほとんどテレビの前に陣取って座って過ごしています。2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、どちらも他県の都市で暮らしています。

 以下、奥さんのお話です。

 ◇  ◇  ◇

 夫は45歳のときに糖尿病と診断され、以来、インスリンを1日4回、皮下注射しています。その注射も、その管理も私がしてきました。また、夫は60歳で定年退職の時に大腸がんになりました。手術をして、人工肛門となり、これも毎日、私がずっと処置してきました。下痢の時などは1日何回も取り換えます。

 何しろ結婚以来、家のことは一切、すべてが私なのです。在職中、夫は会社から帰ってきたら、ちゃぶ台の前に座るだけ。たばこや新聞を用意するのもすべて私です。

 6年前、夫は突然、左半身麻痺になりました。脳梗塞でした。それからは左手は使えず、左足を引きずって歩きます。買い物に行く時など、ほとんどの外出は私がクルマの運転で、夫には助手席に乗ってもらっています。この時から、たばこをやめてくれたのはよかったと思っていますけれど……。

 先月のある夜、夫がトイレの前で倒れているのを見つけ、呼び声に反応するのですぐに救急車を呼び、いつも通っている総合病院に運んでもらいました。当直の医師から「頭のCT検査では以前と変わらない」と説明されました。しかし、もっと調べてもらったところ、心筋梗塞でした。夜中の2時ごろになって、心臓カテーテル検査と治療を行い、集中治療室に入院しました。

 4日後、看護師さんから電話があり、代わって出た夫から「ありがとう」と言葉をかけられました。ああ、意識が戻って話せるようになったんだなと思いました。担当医は病状を息子に説明してくれていて、私は息子から話を聞いています。

 さらに数日後、息子が医師から聞いた説明では、「心臓へのカテーテルで電気刺激をしていて、刺激しないでいると心電図では止まることがある」とのことでした。また、下肢にはひどいむくみがあり、腎臓の機能も悪くなっているといいます。

■施設に入るにはお金がかかる

 医師はペースメーカーを入れるかどうかを息子と相談しているようでした。ペースメーカーを付けると心臓は動き続けるらしいのです。また、ペースメーカーが入って、状態が落ち着いたら、この病院を退院しなければならないようです。そうなれば、転院か、老人施設か、自宅に帰るかになると思います。もし、療養型の病院が空いていれば、そこに移れるようならそのようにしたいと思っていました。

 ただ、施設に入るように言われたら、お金がかかります。また、わがままな夫が満足できるわけがないと思うのです。自宅に帰るとなると、今までと同じように動ければいいのですが、血圧が180以上もある私には負担が大きく、介護はもう無理だと思っています。

 数日後、息子はペースメーカーを入れない方向でお願いしたようでした。それでも、杖を使ってトイレまで行けるようになったそうです。そして、夫は「家に帰りたい」と話すようになったそうです。

 息子は、2週間後には退院して家に帰されるような話をしていました。たとえ、週2回とかヘルパーさんが来てくれて助けてくれたとしても、24時間、ずっと私は大変です。もう、私は85歳なのです……。

 ◇  ◇  ◇

 奥さんからこの話を聞いた私は、実際の状況は分からないとはいえ、高齢社会はがんを解決できても、きっと年をとるごとにたくさんの合併症が重なり、がん以外のことで悩まれる方も多いのだろうと思いました。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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