Dr.中川 がんサバイバーの知恵

高嶺ふぶきさんは舞台復帰へ…甲状腺がん「低リスク」以下は経過観察が中心

(本人のインスタから=左から2人目)
(本人のインスタから=左から2人目)

 甲状腺がんで表舞台から退いた女優の高嶺ふぶきさん(57)が、10月に大阪で舞台復帰すると発表されました。元々、バセドー病を患っていて、その検査で2020年3月に甲状腺がんが判明し、リンパ節とともに甲状腺を全摘。その影響で声帯がダメージを受け、思うような声が出なくなることから、引退を決意したといいます。

 リハビリとレッスンを重ねて病を克服。3年半ぶりの舞台復帰は、何よりです。

 この甲状腺がんは女性に多く、タイプによって対応が分かれます。パートナーが苦しむかもしれませんから、男性も知っておいて損はないでしょう。

 まずは、高嶺さんが患った甲状腺乳頭がんについて。このタイプは甲状腺がんの90%を占め、中心は30代女性です。重要なのは、病理検査で分かる悪性度で、「超低リスク」「低リスク」「中リスク」「高リスク」に分かれます。

「超低リスク」は進行が遅く生命を危ぶむ恐れが少ないため、ガイドラインでも治療しない経過観察が推奨されます。「低リスク」は甲状腺半分の切除ですが、私が若い方からセカンドオピニオンを求められたら、「超低リスク」同様に経過観察を勧めることは少なくありません。

 その根拠が甲状腺専門の隈病院のデータです。甲状腺乳頭がんのうち1センチ以下の微小がんと診断された2153人を、すぐ手術を受けた974人と経過観察した1179人に分けて追跡。その結果、どちらも甲状腺がんで亡くなったケースはゼロでした。

 経過観察グループのうち、10年間でサイズが3ミリ以上増大したのは8%で、リンパ節転移は3.8%。微小で悪化を示すようなケースは、その時点で手術をすれば、再発はないのです。若い女性は、自然に消えることもあります。「低リスク」は10年生存率が99%と、まず悪さをしません。

 甲状腺の乳頭がんで手術が必要なのは、「中リスク」以上で、再発を繰り返したり、より悪性度の高いタイプに変化したりするケースです。

 乳頭がんとは別に、未分化もあります。甲状腺がん全体のわずか1%ですが、とても進行が速く、1年生存するのもわずか。がん専門医の私も、「最悪のがん」として、すい臓がんと並んで恐れているほどです。

 実は乳頭がんが長い時間をかけて厄介な未分化がんに転化することもあります。60歳以上に多く、乳頭がんも高齢で発症するほど悪性度が高い傾向もあり、リスク分類を踏まえて、高齢発症ではすぐに手術することもあります。高嶺さんがすぐ手術をされたのは、50代発症の年齢を考慮されたのかもしれません。

 ちなみに悪性の未分化がんになる前の段階で手術をすれば治る可能性が高いので、経過観察はとても重要です。

 甲状腺は、成長や代謝にかかわる重要なホルモンを分泌。全摘ではもちろん、半分切除でも、ホルモン剤が生涯必要に。手術では、発声に関わる神経が損傷されるため、生活の質を考えると、「低リスク」以下は経過観察が重視されます。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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