サル痘改め「エムポックス」 日本でワクチンの臨床研究がスタート

米国ではすでにワクチンが登場している(C)ロイター
米国ではすでにワクチンが登場している(C)ロイター

 サル痘改め「エムポックス」の感染がじわじわと広がっている。10月3日発表の感染症発生動向調査週報速報データ第38週(9月18~24日)によると、新たに2件増えて今年の累積件数は197件。9月29日までだと206件となった。

 人から人への感染経路は、感染した人の皮膚、体液、血液との接触ほか、対面での飛沫の長時間暴露や患者が使用した寝具などの接触のリスクがある。この中には性的接触を含む。性的接触による感染症といえば、どうしても163件増の1万957件に達した梅毒に目を奪われがちだが、新たな脅威は身近に迫りつつある。

 第38週データによると、今年に入っての累積件数が最も多いのは東京都で148件。以下、大阪府19件、埼玉・神奈川5件、千葉4件、愛知・沖縄3件、茨城・鹿児島2件、群馬・静岡・奈良・広島・香川・高知各1件となっている。

 そもそもエムポックスは1970年にザイール(現在のコンゴ民主共和国)で動物から人への感染が初めて確認された人獣共通感染症。現在も中央アフリカから西アフリカにかけて流行しており、日本国内では感染症法上の4類感染に指定されている。

 2022年5月以降、エムポックス流行国への海外渡航歴のないエムポックス患者が世界中で報告されて人から人への感染が改めて注目され、日本でも22年7月に1例目の患者が確認されて以来、23年に入ってその数が増えている。

 エムポックスの潜伏期間は最大5~21日。感染すると、発熱、頭痛、リンパ節の腫れなどの症状が出て、発熱1~3日後に発疹が現れる。リンパ節の腫れは主に顎下、頚部、鼠径部に見られ、皮疹は顔や四肢に出現し、徐々に隆起して水疱、嚢胞、痂皮に変わる。多くの場合、2~4週間で自然に症状は軽くなっていくものの、子供や症状の程度によっては合併症が出たり、重症化することもある。

 合併症は皮膚の2次感染、気管支肺炎、敗血症、角膜炎など。最近はリンパ節の腫れといったこれまで特徴的とされた初期症状なしに進行することがある。また、病変が会陰部、肛門周辺や口腔などに集中し、全身性の発疹が見られないとの報告もある。性感染症専門医療機関「プライベートケアクリニック東京」院長で、日本性感染症学会功労会員でもある尾上泰彦医師が言う。

「22年5月以降の流行で世界中で約9万人が感染し、死者も3ケタを超えています。感染者の多くは男性です。この病気が恐ろしいのは、根本的な治療法がないことです。エムポックスを引き起こすウイルスは、オルソポックスウイルス属サル痘ウイルスで、同じ属には、ほかに痘そう(天然痘)ウイルス、牛痘ウイルスなどがあり、天然痘の治療薬に効果があるといわれています。そのため欧州医薬品庁や英国の医薬品・ヘルスケア製品規制庁は、天然痘のために開発された抗ウイルス薬であるテコビリマットを治療薬として承認しています。しかし、日本ではこの薬は未承認。あくまでも特定臨床研究用の使用になっています」

■「患者の健康は後回し」との声も

 そんな中、エムポックスの感染拡大をワクチンで防ごうとする試みも始まっている。HIVの研究・医療の中核を担う国立国際医療研究センターを中心に、主要なエイズ治療拠点病院に通院するHIV陽性者や、国立国際医療研究センターが運営するSH外来を受診するゲイ・バイセクシュアル男性を対象に、臨床研究に参加する患者を募集。感染者が集中する東京都では、複数の研究協力医療機関でワクチン接種がスタートしている。

「国内で臨床研究として用いられるワクチンはLC16と呼ばれる日本企業が作ったワクチンです。LC16は昨年8月の薬事承認内容の改定により、天然痘の予防に加え、エムポックスの予防に使用することが承認されました」(尾上医師)

 LC16の対象患者は、①PrEPと呼ばれるHIV暴露前予防の処方を受けている人②男性と性交渉のある男性で過去1年以内に梅毒・淋菌・クラミジアのどれかにかかった、過去1年以内にグループセックスに参加した、現在2人以上の性的パートナーがいる、などに該当する人。すでに研究参加の登録期間は終了しているが、その結果、ワクチンが認められれば、その恩恵を得る人も出てくるはずだ。

 それにしても、天然痘に似たウイルスが引き起こす病気であるならば、治療薬同様ワクチンについてもすでに有効なものがあるのではないか。

 実際、HIV陽性者の中には、エムポックスのワクチンMVA-BNと呼ばれる比較的簡単に打てて実績のあるワクチンがある。にもかかわらず、なぜか、打ち方が面倒で実績のないLC16と呼ばれるワクチンが国内での臨床研究として用いられていることに疑問を持つ人もいる。「国内の特定企業の経済的利益を優先して、患者の健康を後回しにしているのではないか」との声もあるという。

 いずれにせよ、新たな感染症対策は徐々にではあるが、着実に進んでいるようだ。

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