「心筋梗塞を発症して治療を受けてから1年後、痛みがある人は死亡リスクが上昇する」という海外の研究について、前回お話ししました。この研究の成果はともかく、そもそも「痛み」というのは心臓病、とりわけ狭心症や心筋梗塞といった虚血性心疾患における重大なサインになります。
狭心症とは、冠動脈が詰まって狭くなり、心筋に酸素や栄養分を送るための血液が十分に行き渡らなくなる病気です。
その冠動脈に動脈硬化からのプラーク破綻などの異変が起きて血栓による突然の閉塞を来し、血流が止まって心筋が壊死してしまうのが心筋梗塞です。壊死した筋細胞が元に戻ることはないので、放置すれば心臓のポンプ機能が完全に停止して死に至ります。
いずれも発作が起こったときは、急に胸が締めつけられるような痛みが生じるのが特徴で、背中、腕、頬、喉など、一見、心臓とは関係がないように思われる場所に強い痛みが現れるケースもあります。これらの痛みは「放散痛(関連痛)」と呼ばれます。狭心症や心筋梗塞による突然死を防ぐためには、サインとなる「痛み」を見逃さないようにする必要があるのです。
狭心症には、心筋梗塞に移行する心配がそれほどない「安定狭心症」と、移行する危険がある「不安定狭心症」というタイプがあります。
安定狭心症の場合、痛みの発作が起こるきっかけや回数、痛みの強さがほとんど一定なケースが多いというのが特徴です。たとえば、急に100メートルくらい小走りしたときに差し込むような胸痛が現れ、少しの間、安静にしていると治まった。
それ以降、再び同じように走ったときにまた胸痛を起こす場合、安定狭心症だと考えられます。その場合、発作のきっかけとなる労作をしないように注意していれば、突然死のリスクはそれほど高くないといえます。
また、「プレコンディショニング」と呼ばれる心臓の自己防衛の仕組みが働いている場合には、同じ労作で発作が起こったときに心筋の虚血を小規模にとどめようとするため、痛みが発生しないケースもあります。こうした仕組みがうまく働いている安定狭心症は、危険は大きくありません。
一方、不安定狭心症になると、痛みの発作が現れるきっかけが体に対する負担ではなく、食事や入浴、トイレに行ったときといった日常の労作で起こります。
さらに、発作の頻度が増えて1週間に何度も現れたり、発作の持続時間が長くなってきます。
不安定狭心症になってしまうと、それは急性冠症候群の初期の段階で、いつ急性心筋梗塞、あるいは突然死を招いても不思議ではない状態です。そのため、治療を急がないといけません。とりわけ、左の冠動脈の主幹部(根元)の病変が絡むと、より治療の即時性が要求されます。
虚血性心疾患でそうした危険な痛みがある場合、かつては心電図検査を行ってS波の終わりからT波の始まりまでを示すST部分を確認し、危険度が判断されていました。しかし近年は、ダイレクトに超音波検査で心臓の収縮の状態を見たり、冠動脈造影検査で血管の詰まり具合を見ることができるようになったので、突然死を防ぐためにはこうした検査を早い段階で受けることが大切です。
とくに高齢者は、胸痛の発作があれば早い段階で検査を受けることをおすすめします。厚労省が発表している最新の「人口動態統計」(2022年)の「死因順位」を見ると、1位は悪性新生物(腫瘍)で38万5787人、2位は心疾患(高血圧性を除く)で23万2879人、3位は老衰で17万9524人、4位は脳血管疾患で10万7473人、5位は肺炎で7万4002人となっています。
ただ、これら死因として挙がっている病気の中には、心臓の病気がベースになっているケースが隠れているのです。
たとえば、4位の脳血管疾患では、心房細動によって心臓内につくられた血栓が脳の血管に移動して詰まる脳梗塞が全体の4分の1ほど見られます。5位の肺炎でも、背景に心臓病があった人が少なくありません。
また、4万7635人が亡くなった新型コロナなどの呼吸器疾患を合併する感染症でも、心臓に基礎疾患があって心機能が悪い人は死亡リスクが高くなります。
それぞれの死因の中から、こうした心臓病が背景にある人を加えると、心疾患の死亡は、悪性新生物(がん)と同じくらいになると予想されます。そして、裏側に心臓病があって亡くなるのは、圧倒的に高齢者が多いのです。
ですから、心臓にトラブルがある場合、高齢者ほど治せるならしっかり治しておくことが、健康寿命を延ばすことにつながります。ほかの病気にかかったときの死亡リスクを下げることができるからです。
そのサインとなる胸痛を自覚した際には、軽く見ないことが極めて重要なのです。
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