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1999年に若年性アルツハイマー病の専門外来を開いた理由

若年性アルツハイマー病の専門外来はほとんどない
若年性アルツハイマー病の専門外来はほとんどない(C)日刊ゲンダイ

 私が若年性アルツハイマー病の専門外来を開いたのは1999年。前職場の順天堂大学医学部付属順天堂医院でのこと。

 認知症全般を診る「物忘れ外来」「認知症外来」「メモリークリニック」は、大学病院や総合病院、地域の診療所で設けるところが出てきていましたが、「若年性」に特化した外来はそれまで日本ではありませんでした。

 十数年経った今でもほとんどありません。現在、私が院長を務める「アルツクリニック東京」でも2019年4月に「若年性アルツハイマー病初診専門外来」を開設し、臨床心理士や看護師らとチームを組んで診療にあたっています。

 アルツハイマー病の発症に至る過程は、時に川の流れに例えられます。最初に、アミロイドβというタンパク質が蓄積。それがくっつき合ってアミロイド斑ができ、中枢神経細胞の中のタンパク質(タウタンパク質)が蓄積し、くっつき合う。それが作用して脳の神経細胞が死滅し、アルツハイマー病の症状が出てくる。アミロイドβの蓄積が“川上”で、そこから流れ流れて“川下”であるアルツハイマー病発症へとつながるのです。

“川上”から“川下”までは、だいたい25年ほど。アルツハイマー病は65歳以上で増えますから、40歳くらいからアミロイドβの蓄積が始まるわけです。

 一方、若年性アルツハイマー病は、65歳未満で発症した場合を指します。

 発症の平均年齢は51歳。“川上”から“川下”の話を当てはめると20代からアミロイドβが蓄積し始めることになりますが、そんなに若い年代から……ということは考えづらく、アミロイドβの蓄積スピードが速いのではないかと考えています。

■診断が難しく、症状が重くなりやすく、進行も早い

 若年性アルツハイマー病も老年性のアルツハイマー病も、治療法(対症療法)は共通しています。それでも若年性に特化した専門外来が必要だと考えるのには、次の理由があります。

 まず、初期の診断が難しい場合があること。若年性では初期症状がうつ症状として出ることがあり、精神疾患に間違われやすい。

 物忘れの症状が、アルコール性健忘症、甲状腺機能低下症、慢性硬膜下血腫といったアルツハイマー病以外の病気が原因になっていることもある。「(別の病院で)若年性アルツハイマー病と診断された」という方を詳細に検査したところ、アルコール性健忘症だった、というケースは一度や二度ではありません。 

 40代の患者さんでは若年性アルツハイマー病にアルコール性健忘症が絡んでいるケースも珍しくなく、アルコール性健忘症に対する治療で物忘れが改善するケースもあります。

 次に、若年性アルツハイマー病は老年性に比べて進行が速い。

 アルツハイマー病の発症に至る過程(アミロイドβの蓄積→タウタンパク質の蓄積→神経細胞の変性)をお話ししましたが、老年性の場合、これだけでアルツハイマー病を発症するのではありません。血管や神経細胞の老化が基礎にあり、そこにアルツハイマー病発症の要素が加わり、発症に至っているのです。

 それに対し、若年性はいわば“ピュアなアルツハイマー病”です。わかりやすく例えるなら、老年性はコップの中に「老化」と「神経細胞変性」の2つの要素が入って水があふれ出している(=アルツハイマー病を発症)。若年性は「神経細胞変性」だけで、水があふれ出している。つまり、若年性の方が神経細胞変性の程度が重く、それだけ症状が重くなりやすく、進行も速くなる傾向があるのです。

 さらに、患者さんが働き盛りで一家の生計を支えている人が多く、退職で働けなくなると住宅・教育ローンが重くのしかかるなど、経済的なダメージが老年性より大きい。未成年のお子さんや年老いた親御さんでは、患者さんの認知症を受け入れられない。

 若年性と老年性では、治療は共通していても、考慮すべき点が異なってくる。そのため、若年性アルツハイマー病に対して、専門外来で包括的な診療を提供することが重要だと考えています。

新井平伊

新井平伊

1984年、順天堂大学大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学部講師、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年からアルツクリニック東京院長。順天堂大学医学部名誉教授。アルツハイマー病の基礎と研究を中心とした老年精神医学が専門。日本老年精神医学会前理事長。1999年、当時日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2019年、世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。著書に「脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法」(文春新書)など。

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