篠山紀信さんも坂田利夫さんに続き…27年間で8.3倍増の「老衰」とは穏やかな最期なのか?

老衰で亡くなった篠山紀信さん
老衰で亡くなった篠山紀信さん(C)日刊ゲンダイ

 写真家の篠山紀信さんが今月4日に亡くなった。83歳だった。死因は「老衰」だという。昨年の12月29日に82歳で亡くなったコメディアンの坂田利夫さんの死因も老衰だった。老衰というと、これといった病気もなく、苦しまずに天寿を全うしたイメージがある。実際はどうなのか?

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 厚労省発行の「死亡診断書記載マニュアル」によると、老衰とは「高齢者で他に記載すべき死亡の原因のない、いわゆる自然死の場合のみ用います」とある。これだけみると、穏やかな、ぴんぴんコロリを想像する人も多いだろう。

 たとえば、それまで話をしていた人が、急に黙り込み、眠っていると思っていたらこと切れていた、という具合だ。2007年に87歳で亡くなった宮沢喜一元首相はまさにこのタイプの老衰だといわれ、直前まで新聞を読む気力があったという。

 しかし、世間のイメージ通りの“眠るような死”が、必ずしも医学における老衰というわけではない。老衰には、その前の段階として衰弱によって介護が必要になる場合もある。また、死因には「直接死因」と「原死因」があり、死亡統計には原死因が採用されるため、原死因が老衰でも直接死因は誤嚥性肺炎というケースもある。つまり、ひと口に老衰といってもさまざまなタイプがあるということだ。

 毎年200人以上の自宅看取りを行う、「しろひげ在宅診療所」(東京都江戸川区)の山中光茂院長が言う。

「老衰のほぼ9割は世間のイメージ通りの『穏やかな死』です。ただし、老衰であっても苦しむ場合があります。それは自然死に向かう最期の段階で、それに逆らうかのような不必要な治療を施すケースです。具体的には『食べられないのはかわいそう』と、無理に食べさせて誤嚥性肺炎を引き起こす場合です。ほかにも、『せめて水だけでも……』と過剰に水分を取らせたり、不必要な点滴をしたりして心臓に負担をかけさせたり、腹水を増やしたり、痰がらみが続くなど、患者さんに余計な苦しみを負わせる場合があるのです」

 穏やかな死とは「枯れるような死」をいう。実際、人は最期が近づくと、一見、意識状態が良好であっても、食べられなくなる。そこから、2週間から1カ月で看取りを迎えることが多いと山中院長は言う。

 末期のがん患者の場合でも、抗がん剤などの副作用や激痛で食べられないケースを除くと、自然と食事と水分が取れなくなって徐々に意識が弱くなり、傾眠傾向が続いて最期の時を迎える。

「死を看取る側にとって大事なことは、枯れるような死に向かう準備の段階では何もやらないこと。それこそが最良な医療なのです」(山中院長)

■男性よりも女性が多く60代でも

 そんな老衰は近年、急激に増えている。厚労省発表の人口動態統計2022年(確定版)によると、老衰は1995年の総死亡数92万2139人のうち2万1493人(男性6684人、女性1万4809人)だったが、2022年には156万9050人中17万9529人(男性4万9964人、女性12万9565人)と8.3倍に増加している。

 総死亡に占める割合も2.3%から11.4%に増え、死因における老衰の順位も1995年の6位から2022年には3位にアップしている。

 なお、老衰における男性の割合は31%から27%に低下し、女性の割合は68.9%から72.2%と増えている。

 興味深いのは死因が老衰とされた年齢で、先述した人口動態統計2022年(確定版)によると、70代5938人、80代5万573人、90代10万4492人、100歳以上1万8210人だったが、60代でも313人もいた。

 では、なぜ、老衰は増えているのか?

 医学の進歩により「病気」で亡くなる人が減り、天寿を全うする人が増えてきたのも事実だが、それだけではない。かつては、死亡欄に死因不明の老衰と書くのを医学の敗北と考える医師が多く、「心不全」などともっともらしい病名を書いた。しかしその後、死亡診断書記入マニュアルに、世界保健機関(WHO)のルールを理由として「(死亡の原因の欄には)疾患の終末期の状態としての心不全、呼吸器不全等は書かないようにします」との注意書きが加わった。

「しかし、もっとも大きな理由は、本人も家族も老衰を望むようになったことです。苦しむことなく穏やかに旅立った、十分に生き切った、との思いが老衰にはある。むろん、医師は死因に虚偽を書くことはできませんが、85歳以上では基本、原死因に老衰と書くことが多いように思います」(山中院長)

 今後も老衰は増えていくだろう。しかし、イメージするような穏やかな最期を迎えさせるには、看取る側もより良い死を迎えるための勉強が必要だ。

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