上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

「難聴」は動脈硬化性の心臓病とも深く関係している

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 音が聞こえにくくなる「難聴」は、高齢になると多く見られる耳の障害ですが、じつは心臓病とも深く関係しています。

 富山大学の研究では、狭心症や心筋梗塞といった心臓血管疾患の既往のある高齢者は、難聴のリスクが約2倍に増加すると報告されています。

 われわれの耳は、外耳、中耳、内耳に分かれていて、音は外耳から入って鼓膜を振動させ、耳小骨で増幅されて内耳に伝えられます。続いて内耳の蝸牛にある有毛細胞で感知された後、聴神経から大脳に伝達されて処理され、音として認識されます。

 難聴はこれらの経路のどこかに障害が起こって生じる症状で、外耳から中耳までの経路に障害があるものを「伝音難聴」、内耳から聴覚中枢に至るまでの経路に障害があるものを「感音難聴」、両方が混在したものを「混合難聴」と呼びます。年をとって耳が遠くなる加齢性難聴、近年増加している突発性難聴やヘッドホン難聴は、感音難聴に該当します。

 狭心症や心筋梗塞などの動脈硬化性の心臓病があると、全身の血流が悪化します。当然、内耳や脳の血流も悪くなるため、音の感知能力や認識能力が低下して難聴が起こると推察されているのです。

■リスク因子が重なっている

 これとは逆になりますが、難聴がある人は心臓病のリスクがアップする可能性も十分に考えられます。糖尿病、高血圧、脂質異常症といった生活習慣病は、加齢性難聴を悪化させるリスク因子で、大規模な疫学調査でも糖尿病があると加齢性難聴を悪化させることが判明しています。

 また、高コレステロール血症の人で、自分の両親や祖父母といった近い家族に加齢性難聴の人がいる家族歴がある場合、コレステロール降下薬「スタチン」による治療の早期介入によって難聴の発症が予防されたという報告もあります。実際、臨床の現場でも、糖尿病や高コレステロール血症の治療をしっかり実践している患者さんは、比較的、聞こえが保たれている方が多い印象です。

 このように難聴リスクを上げる糖尿病、高血圧、脂質異常症といった生活習慣病は、動脈硬化を促進させるため、冠動脈心疾患の代表的なリスク因子でもあります。つまり、難聴と心臓病はリスク因子が重なっているのです。

 また、難聴には全身の慢性炎症が関係しているのではないか、という見方があります。慢性炎症があると内耳にも炎症が波及し、だんだんと感音難聴が進行していくと考えられています。この慢性炎症は心臓病とも深く関わっていて、体内に慢性炎症があるとインターロイキン-6(IL-6)やTNF-αといった炎症性サイトカインが過剰に放出され、動脈硬化が進んで心臓病のリスクを上げることが知られています。ここでも、難聴と心臓病のリスク因子が重複しているのです。

 先ほど触れたスタチンは、体内でのコレステロール合成を抑制するという主作用に加え、抗炎症の作用も持っています。

 このスタチンの作用が動脈硬化の予防に加え、高コレステロール血症の人の難聴予防に関与している可能性があり、難聴と心臓病の深い関係を示しているひとつの要素といえるかもしれません。

 これらを総合的に解釈すると、心臓病の家族歴がある人が比較的早期に難聴を生じた場合、動脈硬化が野放しになっていて、いつ心臓病を起こしてもおかしくない状態まで進んでいる可能性があるといえます。難聴が心臓病のサインになっているかもしれないということです。

 難聴と心臓病の関係について、現時点では大規模な研究結果が出ているわけではないため、科学的に確かな根拠があるとまでは言えません。しかし、まったく関係ないとも言えないので、無視せずに対策を講じておくに越したことはありません。

 耳が遠くなってきたと感じたら、高血糖、高血圧、高コレステロールなどの生活習慣病がないかを検査でしっかり確認し、異常があればきちんと治療を受けて数値をコントロールすることが大切です。難聴の悪化と心臓病の発症を予防します。さらに、心臓ドックなどを受けて自分の動脈硬化の程度を把握しておくのも有用です。

 難聴は認知症リスクを大幅に上昇させることがわかっていて、高度難聴の人は、難聴がない人に比べて認知症の発症率が5倍高く、軽度難聴であっても2倍高いという報告もあります。聞こえづらいと感じたら、そのままにしないで全身の点検をすべきサインだと受け止めることが健康寿命につながるように思います。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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