疲労の謎がここまで分かった

疲労の謎がここまで分かった(3)なぜ軽い運動が疲労を減少させるのか…酵素の産生を増やす

軽い運動により疲労回復力が増強される(写真はイメージ)
軽い運動により疲労回復力が増強される(写真はイメージ)

 どうすれば「生理的疲労」、疲れがとれるのでしょうか。

 この連載の1回目で「疲労感」と「疲労」とは、違うものだということに触れました。「疲労感」とは「休みたい」という気持ちです。過剰な活動によって体の組織に障害が生じている時、脳にその危険を知らせてくれるのが「疲労感」という感覚です。一方、疲労感の原因となる「疲労」は「細胞の停止や細胞死」です。

 意外かもしれませんが、「疲労感」を抑制する一つが、一般的に「ストレス」と呼ばれるものです。正しくは「ストレッサー」といいます。ストレッサー(ストレス源)が心身に作用すると、体内に副腎皮質ホルモンが分泌されます。と同時に交感神経が刺激され、アドレナリンやノルアドレナリンが放出されます。

 アドレナリンやノルアドレナリンには興奮作用があります。疲労感の「休みたい」という感覚とは逆向きの感覚なので「疲労感」を抑制するのです。また、副腎皮質ホルモンには炎症を抑制する作用があります。

「疲労感」のもとは、脳が炎症性サイトカインにさらされることにあります。炎症性サイトカイン産生を抑制することで疲労感を弱めるのです。仕事のために一晩徹夜したけど意外に元気、といった経験をした人も多いでしょう。

 しかし、この状態は、「疲労感」が抑制されているだけなので、「疲労」すなわち細胞の障害は蓄積されていきます。ドリンク剤を飲んで「疲れがとれたような気がする」という現象も、「疲労」の減少ではなく、「疲労感」の減少だと考えられます。

 ならば、「疲労」そのものを減少させて、組織の障害を防ぐにはどうすればいいのでしょうか。

「リン酸化eIF2α脱リン酸化酵素」という長い名前の酵素があります。この酵素には、生理的疲労を回復させる作用があります。つまり、この酵素を増やせば疲労回復が期待できるということです。問題は、どうすれば「リン酸化eIF2α脱リン酸化酵素」が増えるのか。この酵素の産生を誘導するのは、軽い運動などの「疲労」なのです。

 実際、被験者に軽い運動を1カ月から3カ月ほど続けてもらって、「疲労回復指数」を測定すると、軽い運動をしたグループは疲労回復指数が上昇していました。軽い運動によって適度な「生理的疲労」がもたらされたことにより、疲労回復力が増強されたためだと考えられます。(つづく)

近藤一博

近藤一博

大阪大医学部卒。近著「疲労とはなにか」(講談社)

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