疲労の謎がここまで分かった

疲労の謎がここまで分かった(4)見えてきた新型コロナ後遺症の治療薬…アセチルコリンを補充

写真はイメージ
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 これまで、疲労は「生理的疲労」と「病的疲労」の2種類に大別されると説明してきました。

 慢性疲労症候群、うつ病、新型コロナ後遺症──などの「病的疲労」は、強い疲労感が長期間続き、1日休めば回復するような「生理的疲労」とは、まったく違うものです。苦しまれている患者も多く、一日も早い新薬の開発が求められています。

「病的疲労」と「生理的疲労」の違いは、脳内で炎症が起きているかどうかです。なぜ、新型コロナ後遺症などの「病的疲労」では、脳内炎症が生じているのでしょうか。

 われわれは、マウスの実験によって、脳内で「アセチルコリン」という神経伝達物質が不足していることを発見しました。アセチルコリンを増やすと、脳内炎症が抑制され、倦怠感やうつ症状もなくなりました。脳内炎症の原因は、アセチルコリンの不足だったということです。

 アセチルコリンには、抗炎症作用があります。平たくいうと、アセチルコリンの不足は、火がついているのに、脳に備え付けられている「消火器」が故障しているような状況というわけです。

 これは、アセチルコリンを補うことが、「病的疲労」からの回復につながる可能性があるということです。実は、マウスの実験をした時、脳内のアセチルコリン不足を解消するために使った「ドネペジル」(商品名アリセプト)という薬は、すでに認知症治療薬として使用されています。

 これらのことから、新型コロナウイルス感染後に倦怠感を訴える患者に、比較的早い時期にドネペジルを投与すれば新型コロナ後遺症にならず、後遺症になっていても、早期であれば治療効果が見込めるのではないかと期待されています。

 ドネペジルについては、すでに公的研究費による「新型コロナ後遺症に対するドネペジルの第2相の治験」が、2022年度~23年度の予定で行われています。この実験が成功すれば、新型コロナ後遺症の治療薬が手に入ることになります。また、抗うつ薬としてのドネペジルの利用にも見通しがつくはずです。

 これまで脳の炎症のメカニズムに関しては、炎症を増加させる「アクセル」の働きばかりが注目されてきました。治療薬の開発も、アクセルをどのようにして緩めるかに注力されてきました。しかし実際は、炎症を停止させる「ブレーキ」に注目する必要があったのです。

 今後、ブレーキの故障の原因を見いだしたり、ブレーキを強化する薬剤を開発できれば、疲労に関する多くの疾患を原因から解決することができるはずです。 (おわり)

近藤一博

近藤一博

大阪大医学部卒。近著「疲労とはなにか」(講談社)

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