上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

心房細動の新治療「パルスフィールドアブレーション」の期待と課題

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 高齢化が進む日本では、「心房細動」の患者さんが増えています。日本での患者数は2020年時点で推定100万人とされ、無症状の人を含めるとさらに多いといわれています。

 心房細動は心臓のペースメーカーとなる心房部分が細かく不規則に収縮を繰り返すことで、体に血液を拍出する心室も不規則になり、その結果として動悸や息切れの症状が現れる不整脈のひとつです。長期間続くと、心臓内の弁逆流や心機能低下に伴って心臓内で血栓ができやすくなり、脳梗塞や心不全につながって死を招くリスクもあります。

 治療はまず心房細動や脈拍数を抑える抗不整脈薬や、血栓ができないようにする抗凝固薬による投薬治療が行われます。投薬でそれほど効果がみられない場合は、「カテーテルアブレーション」(カテーテル焼灼術)という治療法が検討されます。太ももや肘からカテーテルを挿入し、心房細動の原因となっている部分に高周波の電気を流して細胞を焼いて壊死させ、不整脈を抑えます。患者さんへの負担が少ないうえ、経験を積んだ循環器内科医がカテーテルアブレーションを行った場合、成功率は85~90%という報告もあります。ただし、深刻な合併症を起こすリスクもゼロではありません。

 ひとつは、心臓の壁に穴を開けてしまう心穿孔により、心臓の周囲に血液が漏れ出す「心タンポナーデ」です。血圧や心拍数が不安定になるうえ、大量の血液が急激にたまると命の危険もあります。ほとんどは細いチューブを挿入して血液を吸い出すドレナージによって自然に閉鎖しますが、外科手術が必要になるケースもあります。

 ほかにも、心臓の心房と心室の間にある正常伝導路を傷つけてしまうと「房室ブロック」という合併症を起こすリスクがあり、重度ではペースメーカーを植え込む処置が行われます。

「食道障害」が起こるケースもあります。食道は心臓の真後ろを通っているため、食道の上に位置する心房筋を焼灼する際に熱が食道まで伝わり、ヤケド状態になってトラブルを起こします。また極めてまれですが、食道まで穴を開けてしまう食道穿孔により、死亡する可能性もあります。

 カテーテルアブレーションによる合併症の発生率は全体で3.4%という報告もあり、決して多くはありません。しかし、万が一、起こってしまうと大がかりな治療が必要だったり、QOL(生活の質)を大幅に低下させてしまい、なんのために治療したかわからなくなってしまいます。

■合併症を減らせるか

 そんな合併症のリスクを減らす新たな治療法として期待されているのが「パルスフィールドアブレーション」です。従来のアブレーションのように熱は使わず、超高速電気パルスを用いて細胞死を誘導し、不整脈の原因となる部位の心筋を焼灼します。心筋細胞は周囲にある食道や神経組織よりも低い閾値で壊死するため、優先的かつ選択的なアブレーションが可能となり、合併症を少なくすることが期待できるのです。

 米国で実施されたランダム化比較試験では、心房細動に対するパルスフィールドアブレーションと従来の高周波カテーテルアブレーションの治療成功率は、パルスフィールドアブレーションは73.3%、高周波カテーテルアブレーションは71.3%とほぼ同等でした。また、治療によって重篤な有害事象が発生したケースも、パルスフィールドアブレーションは2.1%、高周波カテーテルアブレーションは1.5%と、安全性についてもパルスフィールドアブレーションの非劣性が認められています。

 こうした試験結果を受け、日本でも2024年から3種類のパルスフィールドアブレーションが導入されることが決まっています。日本でも、従来のカテーテルアブレーションでは85%程度だった初期成功率を上げられるのか、20%前後といわれる再発率を改善できるのかなど、課題はいくつかありますが、機器が進歩しているのは間違いありません。

 かつてカテーテルアブレーションの分野では、治療効果が疑問視されていました。心房細動を起こす原因になっている部分を特定しにくかったことが大きな原因です。しかし、近年の技術向上によって異常を起こしている部分を探し当てる「マッピング」の精度が格段に上がり、原因になっている部分を狙って焼灼できるようになったことで、治療成績もアップしています。今回のパルスフィールドアブレーションにも、最新の3次元マッピング技術が搭載されているといいます。

 心房細動の患者さんの中には、投薬治療だけで問題ない状態を維持できている人もたくさんいます。しかし、薬の副作用に不安を感じていたり、薬を一生飲み続けるのは嫌だから根治させたいといった患者さんは、選択肢が増えているカテーテルアブレーションを検討する価値はあるといえるでしょう。ちなみに、カテーテルアブレーションを受ける場合、心房細動が慢性化してから2年以内に行う方が治療効果が高いとされています。参考にしてください。

■本コラム書籍化第2弾「若さは心臓から築く」(講談社ビーシー)発売中

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

関連記事